看護師のなぜなぜ研究

ここが変だよ日本のナースさん

3‐3章.看護師の性格・プライドと傲慢さ

 

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看護師の傲慢さ

 普段、看護師と接点のない人間が、「なんで看護の仕事をする人達って尊大で、一方的で強圧的だったり、人を見下すような上から目線の物言いで、やたら偉そうな態度なの?」という疑問を持つのは当然だろう。

 実は、前の記事でふれたような看護師の言葉遣いの悪さが表面上人を見下しているように見えるというだけでなく、実際の所、看護師というものはその人間性や性格そのものに傲慢さが染み付いてしまいがちな職であり、患者にも害になっているのだが、当の看護師達はそれが当たり前になっていて気が付いていない。

 

 

 そしてそれには根本的な理由がある

 

傲慢さと誇り

 まず前提としてプライドと傲慢の意味をはき違えるべきではない

 誇り(プライド)とは「〜の名に恥じないよう立派にならなければ」などと繋がるもの。傲慢さは「〜なのだから威張れる、自分は偉いんだ、立場が上だ、見下せる、何しても許される」に繋がる

 両者は全くの別物で、実際に傲慢で下品な見栄っ張りな看護師と、他の正しいプライドと自信(自尊心)を持った女性達を比べるとギョッとするくらい全てにおいて本当にはっきりと違いが出るものだ。

 

誇り高き女性は謙虚です。相手を受け入れ、尊重することは、とても大切なことだと知っています。誰に対しても敬意を払い、冷静に物事を見極め、外側の飾りで目が曇ることがありません。自分がすべきことだけに集中し、相手が誰であっても敬意を払った上で自分の意見を言うことができます。

これに対して傲慢な女性は、相手を受け入れているようで、実は自分の利益を考えています。自分の都合で人を振り回します。相手を傷つけたり、礼儀を欠いたりしても、自分を巧みに正当化し、人に心から敬意を払うことができません。

 

http://office-ayano.co.jp/blog/2016/11/4432/

 

  では、看護師はどうか。

 

私は病院の受付でお仕事しています。
それでいつも思うのですが、看護婦ってなんであんなにも偉そうなんでしょう?
みんながみんなそうだとは思いませんが、
大体にして偉そうにしてます

態度が目に余ります。

ホントに偉い人は、偉そうにしなくても偉いので腰が低いと聞きます

------

看護師してます!プライドですよo(^-^)o

------

プライドと偉そうは、逆だと思うんだけど
偉ぶるのは、あまり賢いやり方ではないような気がします
逆に女医さんは、腰低いですよ。

------

自分が看護師になればわかるのではないでしょうか?
一度、看護師の経験をされてはいかがでしょうか?

------

うーん、経験しても、他人には偉そうにはしないと思います。

 

http://onayamifree.com/threadres/905619/

 

看護師の偉そうな態度はなんなの?
...
自分たちが偉いと思ってるのかプライドが高いのかしらないけど
対人関係の仕事につくなら、その態度どうにかしろと言いたいです。
...
人としての態度がなってない。

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14120086059

 

看護師って、何でプライド高くて見下して偉そげなんですか?皆とは言わないけど、そんな人が多いと感じます。一緒に働いて見る目が変わりました。

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1078752545

 

540. 匿名 2014/04/21(月) 22:35:57

やたら他職種を見下して傲慢になっている看護師って結構多いですよね。
わたし自身も看護師ですが、身内に他職種の者が何人かいるのでそういう話を耳にする機会が多いです。
その人達が専門分野に関しては自分よりよほど知識も技術もあることを知っているし、中には看護師よりも厳しい学生生活を経ている人もいます。
だから理不尽に威張り散らす勘違い看護師の話を聞くと申し訳ないやら腹が立つやら複雑な気分です。

 

http://girlschannel.net/topics/126229/2/

 

 そう、実は、現代の日本の看護師は真の誇り(プライド)を持つことなく、人を見下し傲慢なだけなのだ。だから態度に横柄さが滲み出てしまう。

 

 実際、ほんの短期間ツイッターを観察しただけでも。。。

 

病院の看護師めっちゃ態度悪いんだけどなぜ。
https://twitter.com/Hiii_xxx_Miii/status/712536993805242368

 

看護師の人ってなんでみんな揃って態度悪いん
https://twitter.com/tenten_88/status/706444629177081857

 

病院の看護師がクッソ態度悪い
https://twitter.com/kitamura_jari/status/711796789867728897

 

ここの病院の看護師態度むかつくわぁwwwwwwwww
黙って聞いてるけども!
https://twitter.com/take0505ru/status/712492456479207424

 

目上の人がいる中でずっと不機嫌な態度ありえんやろ💢
看護師ってこんなに態度あからさまなの?
やりたくないならハッキリやりたく無いと言えば?
https://twitter.com/supana_kirari/status/711566505561825281

 

態度悪い看護師!!
https://twitter.com/asora2577/status/711179248476663808

 

特に看護師の態度が最悪というのが多い(゚Д゚;)
https://twitter.com/marzcharz2513/status/710538369789353985

 

今日も看護師の言動や態度に対して非常にムカついた。ストレスの臨界点が近い。
https://twitter.com/zukkychan/status/710434804584460288

 

看護師さんの態度が悪すぎてブチ切れそう。
https://twitter.com/kamo_27/status/708529247095095297

 

看護師の偉そうな態度ほんと何なの???医師に対しては愛想振りまいててくっそ腹立つ~wwwwwwww
https://twitter.com/yucchi0812/status/708223096738549760

 

看護師に馬鹿にするような態度取られたわ。。低姿勢で丁寧に聞いてるのに、こっちがアホらし。疲れてるのか知らんけど
https://twitter.com/chiichan_28/status/705671141524779008

 

看護師の態度クソだったわ
https://twitter.com/bsaa_tm/status/705586500621066241

 

救急外来に来たのだけど、看護師の態度がめちゃくちゃ腹たつw
余計に熱上がりそう!
https://twitter.com/yu_ka818/status/713688085368680448

 

看護師の横柄な態度にムカッー‼️
医療人あるまじき態度‼️💢
https://twitter.com/shokotan1970/status/705555707483951104

 

この病院の看護師の態度クソ悪いんだけどなんなの
https://twitter.com/_nosekai/status/703782975553470464

 

ここの病院の看護師の態度の
悪さに苛々する!!!
たまらん(<_<)!!!
https://twitter.com/miisqkii/status/704194095132966912

 

ひさしぶりに病院なんて受診したけど、看護師の態度悪すぎ
患者の気持ちなんて全然考えてない
https://twitter.com/ayayaaaaan_0702/status/713624178281164800

 

ほんと看護師とは思えない
初対面でそんな態度ってw
人間性疑うわ
https://twitter.com/ex_Tts/status/703570950927683584

 

あの看護師さんの態度はマジで許せれん。
https://twitter.com/toto11momo24/status/703373719855435776

 

看護師と医療事務の態度悪すぎ。
嫌いだわ
https://twitter.com/run0854/status/713186135351033857

 

自分が言えることじゃないかもしれんけど看護師さんの態度に気になる点がいっぱいある
早く家帰りたい
https://twitter.com/toomkis/status/712969414962905088

 

ほんとなんで機嫌悪かったのか意味わからんし客もクソだったし看護師とか医者ってなんであんな偉そうな態度でしかも非常識なのふざけてるぜ
https://twitter.com/sena1102_na/status/713374593310806016

 

看護師の態度が腹立ちすぎて苦笑
https://twitter.com/1212__kanon/status/713640800698040320

 

病院の看護師の態度に死ぬほど腹立った。
https://twitter.com/eexo_onee/status/714072503681941504

 

入院病棟の看護師の態度でその病院の質がわかるね
https://twitter.com/abe6295/status/712587395871285248

 

 本来、皆が持つべきなのは自尊心。ちゃんとした自尊心があれば人に対して偉そうに振る舞う必要もないし、卑屈にもならないし、悪い人から利用されてしまうこともない。

 ところが現代の看護師は、ただただ高慢、傲慢なのだそしてその「傲慢さ」が看護師の振る舞い、態度、もの言いから外見にも現れる

 

 ではその「看護師の傲慢さ」はどこから来るのか。

 

  幾つかあるので、順番に...

 

 理由1: 「弱者」を相手にする立場から

 基本的な大前提として、患者と医療者の関係は対等ではない

 欧米での看護師に関する看護倫理を見てみる。

 

Boundaries and the Nurse-Client Relationship:
Keeping it Safe and Therapeutic
Guidelines for Registered Nurses

 

Power

The nurse-client relationship is one of unequal power, resulting from clients’ dependence on the services provided by nurses, as well as nurses’ unique knowledge, authority within the healthcare system, access to privileged information about clients, and ability to influence decisions (CRMN, 2007). This power imbalance can place clients in a position of vulnerability and potential abuse if trust in the nurse-client relationship is not respected. It is the nurse’s responsibility to recognize this imbalance of power and to be aware of the potential for clients to feel intimidated and/or dependent (CRNBC, 2006).

 

Intimacy
Nursing practice, by its very nature, can create an atmosphere of physical, emotional,
and psychological intimacy that can, in turn, increase the vulnerability of clients.

 

http://crnns.ca/wp-content/uploads/2015/02/ProfessionalBoundaries2012.pdf

 

 要約すると、「患者」対「看護師」という時点で不公平な力関係が生じ、患者は看護師に対し脆弱で言いなりにされるがままの弱い立場に置かれる。看護師がその職業的立場を自覚せずに軽視すると、患者は潜在的虐待と搾取の対象となる。その不均衡は、患者は看護師が提供するサービスに依存し、看護師の専門知識と医療機関における権限、患者個人の秘匿情報に触れる立場、そして患者の決断を左右させうる立場などから来る。

 また、看護という仕事の特性上、患者に対して密の肉体的、精神的、感情的な親密さという雰囲気を醸成するが、これは同時に患者の脆弱性を増長させてしまう。

 この潜在的な権力の乱用につながる力関係の不均衡と職業的立場を認識し、患者を萎縮させてしまうように感じさせたり、依存させるようなこと、または弱い立場に付け入るようなことにならないように注意するのは看護師の責任である。

 医療を受ける患者の弱みに付け入ったり、看護師の立場上得られる力を乱用しない、というのが患者ー看護師の間における信頼関係の基本となる。

 と、このように欧米での基本的な教育と看護指針では、これ以上ないくらいはっきりと明記している。

 しかし驚くべきことに日本における看護教育の課程や臨床現場のみならず、看護協会にも学会にもこの観点から指摘した具体的な倫理規範も指針・ガイドラインも一切存在しない

 

  議論された形跡すらない。(*1)(看護職の権利拡大・地位向上ばかりヒステリックに叫ぶだけの日本の看護協会にまともな倫理もくそもないが)

 

 

 日本では臨床の看護師も当然、誰一人知らない。

 

 

 そのような環境を放置すると人はどうなるか。

  有名な映画で、「es(エス)」というのがある。看護師ではないが、看守という役割を与えられた立場の人間がどう変わるか、という実際の実験が元になった映画である。

 

実験はスタンフォード大学の心理学者フィリップ・G・ジンバルド博士を中心に組織され、同大学の講堂を刑務所に仕立て、模擬的な刑務所シュミレーションを行うというものだった。新聞広告によって集められた心身共に健全な被験者らは、無作為に囚人と看守に分けられ、実際の刑務所とほぼ同じ環境の中で、二週間を過ごすことが予定された。しかしこのとき、まさかこの実験が後々まで問題となる大きな事件になろうとは、その時、被験者も研究者も、誰一人想像だにしなかったのである。

 

X51.ORG : 情況の囚人 ― 1971年”スタンフォード監獄実験”とは

 

実験の結果

 

権力への服従
強い権力を与えられた人間と力を持たない人間が、狭い空間で常に一緒にいると、次第に理性の歯止めが利かなくなり、暴走してしまう。


非個人化
しかも、元々の性格とは関係なく、役割を与えられただけでそのような状態に陥ってしまう。

 

スタンフォード監獄実験 - Wikipedia

 

 この通りのことが実際に起きているのである。そして多くの人はなんとなく気が付いている。

 

ではなぜこれほど医者とか看護師の悪口が多いのか?ここに明かに何らかの根本的な問題がある。それは弱者を相手にする職業はどうしても人格がゆがんでくるということである。

 医者とか看護師とか福祉(の相手)関係は常に病人であり身体障害者であり精神的障害であれ弱者なのである。その弱者を相手にすることが人格を自ずとゆがめさせるのである。医者と患者の関係は看護師でも普通の関係ではない、絶対的強者と弱者の関係になり強者に絶対服従の奴隷的関係になるのだ。そこに医者や看護師や福祉関係でもまた権力をもっているものは警察でも人格がゆがんだ人が多いのは相手を奴隷のように服従させることができるからなのだ。

 普通の社会の人間関係は別に強者と弱者に明確に別れていない。ただ一般的に商売しているような人は常に客には低姿勢になっている。コンビニであれ小さな商店であれビジネスにたずさわる人でも客との関係で低姿勢になっている。ところが医者とか看護師や福祉関係は相手は病人だったり老人だったり身体障害者だったりと常に弱者を相手にしているから高姿勢になり謙虚さがなくなるのだ。ほかの職業は社会ではどうしても低姿勢にならざるをえないから謙虚さが自ずと身につくというより威張ることもできないのである。だから弱者を相手にするものは何らか人格に必然的にゆがみが生まれる。(中略)

 いつも低姿勢の中で生きているのが大多数かもしれない、ただ医者とか看護師とか福祉関係や警察などは違う。公務員などもそうかもしれない、常に上にたち権力をもつものとして威張れる。そこで性格がゆがんでくる。「俺は偉いんだ・・俺の言うことは聞け・・とか一方的な強圧的な性格になりやすい、謙虚さがなくなる。一方いつも低姿勢で生きざるえない人も実は一旦権力をもつと高姿勢に変わる。いつも虐げられていた弱者として扱われていたから今度は逆に強者になったとき相手を虐待することがありうる。いつもいじめられていた人はまた強者になったとき弱者をいじめやすいのである。親戚の人はそういう人だった。いじめられていたから強者になったときいじめるということがあった。

 そもそもそれは誰彼というのではなく人間性の悪質性がありそうなっていることがわかった。人間とはそういう悪質なものなのである。それが相手が弱者になったとき隠された本性が一番現れやすいのである。医者や看護師や福祉関係や警察官などは日常的にそうなっているから人格がゆがんでくるのだ。相手を奴隷のように扱いやすいのである。それが当たり前の世界になっているから当然その職業によって悪しき人格が形成されるのである。だから職業が人格を作るというときまさにその職業につけばそうなりやすいということである。

 

相馬郷土史研究(小林勇一): 弱者を相手にする職業は権力を持つものは人格がゆがむ (医者、看護師、介護士、福祉関係の仕事)

 

 看護師になる前の時点で、皆これを頭に叩き込んでおくべき話だろう。

 ところが実態は、「看護師という職は尊い職です、(看護師になれば優れた人になります)プライドを持ちましょう」という歪んだ教育や喧伝ばかりがなされている。そして、いまや看護師は「一般人」とは違い、医師と同格で、ふんぞり返った医師と同じように偉いんだ、というのが昨今の看護師の風潮。「チーム医療」というやつのトンデモナイ曲解。

 病院では単に上から目線で「患者に寄添う」などと場末のホステスのようなスローガンを連呼し、実際、タメ口、赤ちゃん言葉、媚びる、馴れ馴れしい=「信頼関係の証」「寄添う」「モテる」「優しい」だと勘違いして患者を見下し、「愛玩動物」かのように扱っている短絡的な感情依存のバカの極みというべき看護師が多い。(*実際に看護師はヤンキー上がりとか場末のスナック元ホステスとかの割合が多いから、というのもあるが...)
 本来は、寄添って同じ方向を見て同じ目線・立場になったつもりになるのではなく、逆に、自らの立場を認識して、プロフェッショナルとして患者とは一線を引き、横ではなく、正面から客観的に相手の立場に立って考えるコミュニケーションの努力をし、一定の質を保った適切な対応をしなければならない。
 
わかる…。実父が入院してたとき、看護士の態度がすごく気に入らなかったけど 実父が人質みたいに思えて何も言えなかった…。

なんで看護師さんは偉そうで性格キツい人が多いの?
http://mamastar.jp/bbs/comment.do?topicId=1315236&sort=1
 
 日本の看護師は、強者の立場にあぐらをかき、ひけらかし、乱用するので患者や周囲から反発を受けるが、体を人質に取られた患者は何も言えない。

 

 何で看護師ってタメ口なの? 

先生はちゃんと敬語使ってくれてるのに、たいていの看護師はタメ口で、気分悪い。

50代の父親が、20代くらいの看護師たちに「○○さん、どうしたぁー?」「うんうん、そうだねぇ~、がんばったねぇ~」
って子どもあやすみたいに言われてて、不快になる
小学生の甥っ子たちまで看護師がおじいちゃん馬鹿にしてるみたいだってしゃべりかたに怒ってる

友人にも同じこと言ってる人たちいて
たいていは「私には敬語使う人でも、入院してる親にはタメ口」だと言ってた

客だ、敬え、とは言わないけど、普通に考えてだいぶ年上の人にタメ口って失礼でしょう

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>>227

分かる!これ本当に社会人としてどうなの?どの企業においても最低限のマナーでしょ。忙しいとか関係ない話。明らか病院以外の企業じゃ通用しない部類だよ。いつまでも学生気分なのか、単に育ちが悪いのか…。世間知らずと言われる理由がよく分かる。

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>>230
相手(患者さん)は医療や治療のことを何も知らない無知な無能者だからという理屈だよ。
自分は知ってる(つもり)。だから相手より自分の方が上だという認識になるんだよ馬鹿は。
そして相手(患者さん)は自力でトイレへ行ったりができない無能者で厄介者。
で、自分はその面倒を看て「あげてる」。

だから相手は半人間であり、「私は半人間の面倒を看てあげてる一人前の人間」、という認識を持つんだよ馬鹿は。
で、その半人間(患者さん)に対して医師は気を遣い敬語を遣っているから
看護師には医師が低く見えてしまう。看護師は馬鹿だから。

その半人間(患者さん)に見舞いに来た会社の部下の人とかも、入院中の上司(患者さん)に敬語を遣ってる。
だから看護師には、一般の社会人も低く見えてしまう。看護師は馬鹿だから。
従って看護師には、医師も一般社会人も「半人間(患者)にペコペコする半人間以下の人間」に見えてしまう。
看護師は馬鹿だから。

だから看護師は勝手に天下を取ったつもりになって、誰にでも偉そうに尊大になる。

看護腐は馬鹿だから。

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上から目線で職権乱用するから患者から嫌われるんだよ。
「私たち看護師がいなければ患者なんて、医者なんて何も出来ないくせに」
↑看護師の常套句だもんなww

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看護師は限られた人間関係の中で、仕事さえできるようになれば、自分がわがまま横暴に 振舞える環境ができやすい。
だから本人が気付かないままに手遅れなほど自己中心になっていく。

社会全体から見れば、仕事をするという点では同じなのに、他の仕事に比べたら、 やはり、命を扱うことの重大さに乗じて、自分の力を過信しやすくなりやすいのは確か。
経験と年数積んで、絶対的弱者の患者に囲まれ、看護スタッフには勿論、医者にさえ物申す位になってしまったら怖いものなし。

人を仕切る快感に慣れてしまって、世間に入ってただの女になることが、とてもつまらない事のように思えてしまってる。

結局、素の女である自分に自信がない人。

世間に相手にされない分、仕事場でしか自分を発散できない

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看護師は常に、患者<自分、ていう環境に自分を置いてるから、
それで自分が神様みたいにカンチガイしちゃう人がいるんだ。
たまに獣医やバカ開業医にもいるけど、看護師にはやたら多いね、プライベートにまでカンチガイを持ち込む人。
常に自分が上位に立っていないと気が済まない人、本当に看護師には多い。
そーゆー看護師は必ずと言っていいほど、医者を追いかけ回し、
平気で中絶したり不倫したり離婚したりする。

--------

一般に看護師というと、献身・奉仕・博愛といったイメージを持つ人も少なくないと思う。
これは個人的なインプレッションだけど、その思想的概念はガンジーキング牧師といった フラットなものを想像していたんだけどね。
でも実際の挙(言)動はそのイメージとは随分と掛け離れたもので、非常に自己中心的で内向きな優しさなんだよね
異性(男性)に優しいというのも実は嘘で、自分にとってスペシャルな人以外には無関心というのが本当の所。
あまり言いたくないんだけど、これって十分な教育や社会的な訓練がなされていない「女性そのもの」じゃんね
もちろんきちんと教育や社会的な経験を経て自分を磨いて来ている女性は違うんだけど。
ただ看護師の女性には残念ながらそれがない。

逆に男性の医療従事者が女性に優しいというのは本当だと思う。
これはそうでないと女性患者に受け入れられない(マイノリティーに由来する)、 良い関係を築けない、セクハラの問題があるという事から見ても明らか。
逆に性善説に重きを置く日本では、女性は男性に対して罪を犯さないといった文化的神話が根強く残っているから、 男性の様な努力を背負う必要が無いんだよね

実体験からも、女性の看護師は男性患者に対して非常に尊大な態度でしかも鈍感過ぎる。
特に男性の羞恥心やプライバシーなどには、医師より敏感に察知して配慮してくれるとさえ思っていたんだけど、
実際は逆でむしろ医師(男性医師もそうだけど、特に女性医師)の方が遥かに気を使ってくれる
日本の医療現場は男性にとって針のむしろだよ。

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やっぱり看護師ってのは根本的に馬鹿なんだよね。
だからあっさりと毒されて染まっていく。

大病院の看護師でも、新人のほんとに最初の頃はいい看護師なんだよね。
態度も普通だし。
でも1年経てばすっかり古株どもと同色の同類になってる。

自分が他科にローテートに出て1年後に戻って来た時に、
最初の頃すごく性格の良かった新人看護師が、
ほとんど例外なく性格が豹変している事にいつも驚く。

--------

看護師って何であんなに自分を正当化しようとするの?バカなの?
論理的に説明すればこっちも、ああなるほど、で納得するけど感情論オンリーだからな

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基本的に女は全部そうだよ。
男側が尊敬できるか、賢く話せるやつじゃないと。
ちゃんと聞いたうえで意見を言えば大概の女は敬ってくる。
感情オンリーの女相手にただうなずくだけならアホでもできる。
感情オンリーの女相手に完全否定から入ったらヒートアップする。
看護師に限らず大概の女はそんなレベル。

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まー分からなくはないけどね。
とくに
「強引な後付けの連続で何でも自分が正しいように持っていかす」これw

でもそこはこいつは馬鹿だなぁと思いながらも受け止めて且つ、相手が反論しないように
納得するように話をもってくんだよ。
馬鹿だなぁ、なんもわかってねーなぁで言い合いになってたら、それ同レベルの脳みそしかもってないってことだw

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看護師なんてプライベートだけでなく勤務中でも常識なさ過ぎ。
後輩には挨拶されても目も合わせずもちろん挨拶なんか返さない。
しかし、上司に対しては人が変わったように笑顔で超明るく挨拶。
後輩の患者についての相談より、仲のいい人との世間話が優先。
患者家族がいるのにナースステーションで大声で私語。

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高齢の祖母が入院、夜に危篤になり、家族集まって病院へ行った。
なんとか持ちこたえて今は安定しているので一安心なんだけど、
看護師が凄く嫌な感じだった。

0時近くになる真夜中の病棟で、休憩中の看護師数名が
大声で笑いながら仕事と関係無いお喋りをしている。
中もで先輩らしい一人が一番煩くて、早口な喋り声が暗い病棟に響いていた。まるで騒いでる学生みたいに。
部屋で寝ている患者はたくさんいるのに…

個室で苦しそうに横たわっている祖母を家族で見守っていたんだけど、嫌な気分…
苦情を行ったらその後の祖母への対応が不安だし何も言えなかった(´・ω・`)

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私はナースではありませんが病院で働いてた時、
看護師がナースステーションで大笑いしながらバカ話をしていると患者さんからうるさいと苦情が来たが
看護師はバカ話をやめるどころか苦情を言った患者さんの悪口を大声でし始めた

--------

学生の頃にホテルでバイトしてたのだが、看護師さん達の慰労会?みたいな宴会がありましてね、俺等♂共は興奮してました。
当日看護師だけでなく医者らしきおっさんも含め30人位でバイキング形式の宴会スタート。
そこでの看護師さん達の会話
「おい!肉!肉!手で食うなよおめーら!ギャハハハ!」
凄まじく下品でした、医者らしきおっさんの上に跨いで座っているのもいたし
俺はバーテンしてたんで、酒を貰いに看護師方が来るのだがその時は猫なでのような声で「お酒下さい♪」ってな感じ
その病院だけじゃなく他の幾つかの病院の忘年会とかも見ましたが、似たりよったりでしたね。
バイト仲間の男達は皆口を揃えて「看護婦にゃ騙されない」と言ってましたよ。

‐‐‐‐‐
>>491
ある飲食店経営者が,君と同じ事を言ってたよ!!
酔っぱらって医者の膝の上に股を開いて乗っかるのなんか、やっぱり朝飯前だってさ。w
これじゃ、医者の便器にされても仕方ないよ。w

-----

知り合いが医局秘書だけど、ナースに足引っ掛けられたり、
エレベーターのドア直前で閉められたりしてた。
それはいつものことで、ナースにとっては「やって当たり前」らしい。

ナースは心のゆがんでる人が多すぎると言ってた

--------

今まで沢山の看護師と関係もってきたけど、殆どの奴が全くの世間知らずですね
今で関係してきた看護師達の勘違い
・看護師は男性達からの憧れの的、皆看護師と付き合うことに憧れてる、私達は白衣の天使!
 (ま、確かに男性から人気あるけど、ただのヤリ友としてね、看護師=ヤリマン、簡単に貢ぐ)
・私達は毎日人の生死に関わって大事な仕事をしてるの!バカなOL達とは次元が違うから!
 (日本の全てのOLが朝から晩までお茶くみだけをしてると本気で思ってる、OLに敵意丸出し)
・自分達を本気でエリートだと思っている
 (何も言い返す言葉がありません、言い返す気力もありません)
・自分達のファッションセンスはいけてると思い込んでる
 (ブランド物にこだわり過ぎ、なんかド田舎上京娘が頑張ってるって感じの勘違いセンス)

ここに書いたらキリがないです 。

---

看護師ほど周囲の人間から非難囂々な連中も珍しいぜw

同じ職場で働く他職種からも、患者からも、患者家族からはもちろん、
本来であれば理解者であるはずの同僚や恋人からも、
挙げ句の果てには自らの家族からすらも人間失格の烙印押される始末。
看護師を好評価してるのは、ヤリ目当ての男からだけというw

何しろあいつらは相手の善意には善意で応えようとすらしない
人を不愉快にさせる悪癖って色々あると思うけど、
それらを混ぜ合わせて人の形にしたら看護師の出来上がりだ。

普通の人ならば学生生活や社会に出てから人と関わり合う過程において、
徐々に寛容さを身につけて人間関係を構築していく重要さに気が付かされるのだけど
このスレで言われるように看護師やってる奴らには、
そうした協調性が完全に欠落したまま無駄に歳だけ食っていく

外から見られている自分の価値などこれっぽっちも意識しないから、
自分について深く考えるきっかけすら持たないまま、
周囲へは不平不満だけを吐き続け、自分の主張と欲求を貫く生き方しか選ばない。

小難しい理論や時事ネタに精通していなくても立派に歳を重ねてる人は普通にいるだろう?
一流大学卒の学歴が無くたって、一流大企業での勤務が無くたって、
振る舞いや言動の端々に品位を感じさせる人はちゃんといる

看護師って連中は人格的に成長していくことの必要性をこれっぽっちも認識してない
もちろん賢さ云々もあるけれど、本当に教養が無いってのは、こういう事だ。

----

まったくその通り。
看護師は善意に善意で応えられない。
思いやりに思いやりで返すことが出来ない。
善意や思いやりを貰うと安易に次を求めるばかりになる。
本当に自分だけが世界中の誰より大変な身の上だと
本気で思い込んでいるからね。
だから他人からの善意や思いやりは
自分が貰って当然の褒美や報酬だと思ってしまう。
それが看護師だ。

---

看護学生や准看護学生に大卒の社会人経験者が増えるのはいいことだと思う。 
他の社会を知らない人が病院勤務だけで年を取っていくと手に負えなくなる。

 

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/sousai/1363088645/

 

Q.看護師ってなんで性格悪いんでしょうかねぇ?

A.いつも患者に命令する(営業上言葉はやさしいが)ことしかしていないから
同い年ならサラリーマンより高給だから。
勤務が厳しくて、大体が病院の近くで一人暮らしをしてるから、何も我慢しないことが染みついてる

だから、性格良いって言うようなことができない。
出会い系なんてすぐ引っかかるのが大抵看護師だし。

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1111558526

 

病院の中では患者を子供扱いすることが癖になってるから、
周りへの気遣い皆無。
自分が一番偉いと勘違いしてる。
お山の大将が多い。
実際、近所のトラブルメーカーは看護師の確立高い。
敬語を使えない、旦那がおとなしい(ヒモ)。

 

http://girlschannel.net/topics/126229/1/

 

 この議論はかなり良い線いっていると思われる。特に、馬鹿な看護師には老人が劣った「半人前に見えてしまう」というのは、エイジズム(老人差別蔑視)との関連で論文もある。
 
エイジズムと社会福祉実践 - 専門職の高齢者観と実践への影響

医療現場におけるエイジズムについて論述した蓮沼(2003)によれば,たとえば,医療現場で,高齢の患者の名前がつい出てこないときに「おじいちゃん,おばあちゃん」と呼びかけたり,また幼児語で話しかけたりすることもある。場合によっては「言葉による暴力」となりうるが,実際に医療従事者にはエイジズムとは認識されていないことが多いという。前述のパルモアによれば,医療従事者のエイジズムとして,次を挙げている。「医療従事者は特に,高齢者の話し方に一定のパターンがあるということから年寄り扱いし高齢者に対して庇護者ぶる傾向がある。これらのパターンには,(a)単純化,すなわち話し方が遅いとか単純な言葉遣いが多いなど,(b)明瞭化,すなわち一語一語区切るような話し方や単純な文の構造など,(c)卑下するような情緒的口調,(d)浮ついた言い方,(e)赤ちゃん言葉での話しかけ,などが含まれる。これらのパターンは高齢者が杖をついたり車椅子に乗るようになると,現れてくることが多い。」たしかに「赤ちゃん言葉」まではいかなくとも,敬語を使わずに友達感覚の言葉で話しているなどの場面は,社会福祉の現場でも少なからず見かけることがある

...

そして専門職教育においてとくに注目されてきたのは,老人と接する機会(とくに配属実習)が,否定的な老人観を強化するということで(33)ある。確かに,前述3.の看護学生の調査結果をみると,老年看護学の学習により,否定的偏見が強くなったことがあげられている。また,吉尾ら(1993)の看護学生を対象とした調査においても,実習終了後の高学年の方が高齢者に対する否定的イメージが強いという報告もある。

これらから,重度の障害をもつ高齢者に関する学習をしたり,実際に接したりすることで,高齢者全体のイメージが,否定的なイメージへと強化されることがあるといえる。

また,その後看護師として実際に業務において障害をもつ高齢者と日常的に関わることにより,さらにその否定的イメージが定着してしまうということもあり得るであろう。

筆者も実践経験で感じたことは,初回面接の際に,すでに重症の寝たきりであるとか,重度の認知症でコミュニケーションがとれないなどの高齢者の場合,その人の「元気だった頃」の姿がきわめてイメージしにくいということである。ましてや,高齢者との接触経験が少ない中で,専門職養成校を卒業したらすぐに現場で障害高齢者と接するような環境においては,偏見をもたずに相手を受容するということを頭では理解していたとしても,本当の意味で身につけることはなかなか難しい状況かもしれないのである。

実践現場におけるエイジズムをなくすためには,日常的に障害高齢者と多く接する専門職が否定的な偏見をもちやすい傾向があることを専門職自らがよく認識しておくこと,そして時代に即した高齢者に関する正確な知識をより多くもつことなどが,特に重要なことである。

文京学院大学研究紀要Vol.7,No.1,pp.89~100,2005
 
 つまり、看護師は、高齢者や病人を劣った生き物として見下す傾向があり、自分が優れた人間だと錯覚し思い込みやすい。そこで、「専門職が否定的な偏見をもちやすい傾向があることを専門職自らがよく認識しておくことが重要」だという。
 にも拘わらず日本の看護業界では一切これが指摘も教育も議論されてこなかった。その結果が現代の看護師の問題なのだ。

看護師さん、敬語が使えない人が多すぎませんか?
私が勤務している、地方の総合病院では、看護師の多くはスタッフ(特に医師以外の)だろうが、患者さん(特に高齢者)にだろうがお構いなしでタメ口で話しています

職業でくくるのはいかがなものかとは思いますが、医師、歯科医師、薬剤師、検査技師、放射線技師、医療事務等の職員と比べると圧倒的に敬語(もしくは丁寧語)が使えない人が多いように感じます。

院内でも接遇研修が行われているにも関わらずです。母集団が大きいということもあるとは思いますが、比率で考えても大きいように感じます。

自分の周り(家族や学校)では敬語が使えない人が皆無だったので、カルチャーショックをうけました。話してる内容も程度が低い・・・と感じてしまいます。ゴメンナサイ。)

人にものを頼むときなど、丁寧語で話さないと家や学校で叱られませんか?地位を上げるために国試の受験資格を大卒にするとか、看護学部を6年制にするとか、という話も出ていると聞いたことがありますが、地位の向上ためには、まず、正しい言葉遣いと礼節を身に着けるべきなのでは???

大学では敬語を教えないのと同様に、やはり看護学校や看護大学では敬語は教えないのですか?


どうすれば敬語(丁寧語)で会話してもらえると思いますか?

補足
高齢者の方、タメ口嫌だって言ってる方、多いです…別に敬語でも大きい声出せばいいですよね?
あと、痴呆があるからって明らかに馬鹿にする態度を取るのは駄目だと思います…。自分の家族がされたら嫌じゃないですか?
不穏のため、詰所に連れてこられる高齢者の方もいるのですが、その人達に対する態度が酷い。耳を疑ってしまいます

-------------------------------------
私自身看護師ですが、質問者様のおっしゃる通りだと思います。

私の場合は気をつけていても、つい出てしまうことが多く、そのたびに反省しています。

看護師は患者さんと接する機会が多く、特に排泄や清潔ケア、食事など日常生活を援助すること役割があります。

援助しているからといって、看護師が偉い、立場が上であるという事は決しておりません。
しかし心のどこかで、「してあげている」という気持ちもあるのだと思います。

先日体調を崩して自分が患者となり入院したとき、看護師の敬語の使えなさにドン引きし、私も気を付けないとと思っていたところです。

ぜひ質問者様からご指摘して下さい。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13100906203

 

 しかも当の本人たちは気が付かない。

 

看護師って自意識過剰で自分に酔ってる奴が多い。人の命に関わる凄〜い仕事してる自分は特別 みたいな。
------
言えてる。看護師やってる知り合い2人いるけど、2人とも口を開けば仕事の話してる。そして態度がでかくてどこか周りより偉いような雰囲気出してる。仕事ってどんな仕事だって素晴らしいし人の役に立ってるんだから、看護師だからって自意識過剰になるのはおかしいよね。看護師だって、患者がいるから給料もらえてるんだからさ。
------
だから、大切な役割を担ってるのはどんな仕事でも同じ。看護師が特別だと勘違いがウザい。
------
おっしゃる通り!どんな仕事でも人の役に立ってるのに、どうして看護師だけ勘違いするのか不思議ですね。

http://gtitter.com/t/2475228

 

 「看護師の仕事をしている私」、ではなくて、「看護師の私」、みたいに看護師というのがアイデンティティになってしまっている。だから偉い人間、何をしてもいい、みたいな。極端な話、学校給食の給仕のオバちゃんが、子供たちを養っているのは自分だ、という態度をとるのと同じぐらいの勘違い。

 つまり、単なる「役割・立場」と「人格・人間性」を勘違いしてごっちゃにしてしまっている  ...人が看護師にとても多い。

 で、ヨシヨシ僕チャン(キャピ)みたいな作り笑顔でウンウンやって、患者をダシに優越感に浸っている。

 

 とっても気持ちが悪い。

 

 女性性を剥き出しに患者を赤子扱いして自己陶酔している様は病的で気持ち悪いし、共依存入っていてとても危ない感じがするのだ。

 怖いのは、そういった教育、知性や教養、さらには世間体やプライドなど、ストッパーとなるものがなく、後述する()ように倫理教育も強制力となる法整備も無いことだ。

 

 医療関係者が患者を手にかけた事件は過去にも相次いでおり、専門家は「治療を委ねた患者が身を守るのは困難で、『密室の通り魔』とも言える悪質な犯行だ」と指摘する。

 

 東洋大桐生正幸教授(犯罪心理学)は「医療関係者は患者の命は自分がコントロールしていると思い込む傾向が強い

 

「密室の通り魔」 相次ぐ医療関係者の犯罪
http://www.sankei.com/affairs/news/140820/afr1408200001-n1.html

 

 実際、過去30年のFBIの記録では、殺人事件が最も多く起きる職業は医療従事者であり、 有名な連続殺人犯も医療関係者が最も多いという。

 

「今回のような犯罪は『死の天使』型といって、世界的に多くの事例がある。もともと看護業界に多かった。医師と違い患者の命を直接左右できない看護師には、自分が患者を救ったという『自己効力感』を見いだせず、鬱憤を募らせる人が出てくる。わざと患者の症状を悪化させ、回復させることにやりがいを感じたりし、エスカレートして殺害に及ぶケースもある」

http://www.excite.co.jp/News/society_g/20160224/asahi_20160224_0002.html?_p=2

 

 こういった「現象」は海外でも知られており、ある確率で存在する特殊な人々によって起こされる。それらは看護師、介護者といった医療関係者に多く、あまり一般的な呼び方ではないが「死の天使」と言われている。これらは連続殺人の研究で、ある類型としてこういう奇妙な人達が存在することが知られるようになった。

  〈女性の連続殺人者は「神を演じる」ことで満足を覚える。介護者である彼女たちは、患者の生死を握っている。女性が健康な犠牲者を制圧するのは困難だろうが、すでに死にかけているか衰えた患者なら簡単だ。また、男性は暴力的な殺人手段を用いるが、女性はより攻撃性の少ない方法をとり、薬品や毒を使ったり窒息させたりすることが多い。〉

http://minkara.carview.co.jp/userid/327116/blog/17289641/

 

 
 点滴殺人事件が起きた大口病院では、看護師が
「周辺のクリニックから入院患者の受け入れ依頼が来るのですが、Xさんが『あのクリニックの先生は嫌いだから』『あの患者の家族は嫌いだから入れない』と、冷たく言い放ち拒否したことがありました」
 

 

 これと同じ根っこを持つのが、以下のような意識。

 
deadendyasuさん 2011/4/1511:46:45
看護師です
患者さんはお客様という考えは正しいと思います。きちんと医療費を払っている方であればですが。

タメ口は昔の医療の悪しきなごりだと思います。
昔は患者は看てやっているという考えが強かったためです。

看護師はマニュアル通りには動いてません。

タメ口にさせる要因は患者自身にもあると思います。ワガママで生きる価値もない患者(特にホームレスや生活保護)は全て税金でカハ゛ーしているので実質タダですね。
タメ口が嫌な方は1日の自己負担何万円もする個室に入院して下さい。誰もタメ口使わなくなりますよ。

看護師と関わりたくなければ、死にかけても入院しなければいいんです。精神疾患でなければ入院は拒否出来ますので


tibinananaさん 2011/4/1213:47:38
程度の低い看護師ですね
病院によります。
うちは年輩の方にタメ口きく看護師は0です。(その辺かなり厳しく言われてますので・・)
マニュアル通りにしか動けないのは新人だけです。

看護師独自の仕事ではなく、接遇の方のマニュアルは、それ自体作っていない職場も多いかもしれません。
姑が入院した病院は最悪なほどタメ口ナースばっかりでした。私はお前の何やねんなって思いましたわ。


natsumikan_sukiyoさん 2011/4/1210:16:41
患者は患者です。「お客様」ではない。病院は病院で、一流(?)企業を真似する必要はない。
そもそも病院は企業と違って利潤を追求する必要性が無い。勿論健全な経営基盤が無くては潰れるだけですが、それで困るのはその病院のある医療圏の患者です。
医療スタッフは資格稼業ですから資格と経験・力量があればどこででも働ける。

患者に媚びへつらう必要性はないんですよ。
医療従事者は誠意をもって患者に接する責務がありますが、それは企業人が顧客に媚を売るのとは別物、別次元。金を払った対価として、どうしてもへーこらして欲しいのであればそういう病院と医療スタッフを揃えた病院を探せばよろしいかと。

良質な医療サービスを提供することとへーこらすることは別です。
 

 ナチスドイツ時代の医師・看護師が主導し、障がい者や精神病患者を「患者は患者だから」「生きる価値の無いものたち」といってガス室に送り込んだ「T4プログラム」を思い出す。これはのちのホロコーストに繋がっていく。
 
 
 医師・看護師の傲慢さは、ナチスの思想に通じるものがある。
 
 
 

2016/2/14 追記更新

 遅まきながら、本年の4月より障害者差別解消法が施行されることになり、大人の患者への幼児言葉やぞんざいな扱いは今後「不当な差別」として違法行為となります。本記事でも紹介した「エイジズム」という差別であり「言葉による虐待」です。

 

大人の患者への幼児言葉は「不当な差別」

 来年4月に障害者差別解消法が施行されることを踏まえ、厚生労働省は、医療従事者向けのガイドライン案をまとめた。正当な理由もなく、医療機関や薬局内に身体障害者補助犬の同伴を拒否することや、大人の患者に対して幼児の言葉で接することは「不当な差別的取り扱い」になる恐れがあると指摘。

 ガイドライン案には、障害者差別解消法が障害を理由としてサービスの提供を拒否・制限することを禁止していることを記載。抽象的に事故の危惧や危険が想定されるといった理由でサービスを提供しないことは「適切ではない」としている。

http://www.cabrain.net/news/regist.do;jsessionid=D331911CFF479A52C71546A036F28E53

 

 医療関係事業者ならではの「不当な差別的取り扱い」としては、「大人の患者に幼児の言葉で接すること」「わずらわしそうな態度や患者を傷つける言葉を掛けること」「患者の身体への丁寧な扱いを怠ること」などを例示した。

http://www.fukushishimbun.co.jp/topics/11668

 

幼児言葉が法律違反に!? 障害者差別解消法がスタート

https://www.kango-roo.com/sn/a/view/2481

 

厚生労働省における障害を理由とする差別の解消の推進|厚生労働省

 

第3 障害を理由とする不当な差別的取扱い及び合理的配慮の例


(1)不当な差別的取扱いと考えられる例
事業者が医療分野のサービスを提供するに際して、次のような取扱いをすることは「不当な差別的取扱い」となるおそれがあります。
ここに記載する事例はあくまで例示であり、これに限られるものではありません。

○サービスの提供に当たって、他の者とは異なる取扱いをすること


・ 正当な理由なく、本人(本人の意思を確認することが困難な場合は家族等)の意思に反した医療の提供を行うこと又は意思に沿った医療の提供を行わないこと
・ 正当な理由なく、病院や施設が行う行事等への参加や共用設備の利用を制限すること
・ 本人を無視して、支援者・介助者や付添者のみに話しかけること
・ 大人の患者に対して、幼児の言葉で接すること
・ わずらわしそうな態度や、患者を傷つけるような言葉をかけること
・ 診療等に当たって患者の身体への丁寧な扱いを怠ること

 

http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/sabetsu_kaisho/dl/iryou_guideline.pdf

 

 しばしばしばしば医師や看護師は「医療ははサービス業ではない。患者は客ではない、患者は患者。単なる治療・指導してやる対象だ」というが、それは患者蔑視であり差別行為に他ならない。

 日本弁護士連合会も、以前より公式に警鐘を鳴らしている。

 我々の何よりも大切な命を守るために,医療は必要不可欠であり,誰もが等しく,安全で質の高い医療を受けることができなければならない。同時に,その医療は人間の尊厳を守り,我々が幸せな人生を送ることに資するものでなければならない

 ところが,我が国には,このような基本的人権である患者の権利を定めた法律がない。
そのような中で,今日,我が国の医療は様々な場面において多くの重大な課題を抱え,患者の権利が十分に保障されていない状況にある
...
ところが,いまだ,患者の権利に関する法律は制定されていない。
...
 日本医師会生命倫理懇談会による1990 年の「説明と同意」についての報告も,こうした流れを受けたものではあるが,「説明と同意」という訳語は,インフォームド・コンセントの理念を正しく伝えず,むしろ従来型のパターナリズムを温存させるものであるとの批判を受けた。

 

http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/organization/data/54th_keynote_report3_1.pdf

 

更新追記おわり。

 

弱者に対する優越感

  例えば、ふとした事で、困っている人に施し物をしたり親切にした場合、自分が一段上の良い人間になったような気がする場合がある。(そして当たり前の事をしただけなのに、とそんな自分に嫌気がさす、普通は)

  病に苦しんでいる人達とその家族は、わずかな希望にすがって、何の効果も無いただの磁石のネックレスが病に効果があると聞けばなけなしの80万円を払うほどデスパレートなのだ。まさに「藁にもすがる」ほど。

 

仕事だからやっていることでも、直接患者さんと接触する事が多いこともあり、ある意味では治療している医者よりも、いただける感謝の言葉が多い場合もしばしばあります。


そうなると、すごく失礼なことですが、どこか感謝慣れしてしまうところがありまして、治療されている側の患者より、治療している側の医療従事者である自分のほうが、立場が上なんじゃないか?と錯覚してしまう事があります。


が これは大いなる勘違いです。。

 

特に、2,3年目の若い看護師に多いのですが


年配の患者さんに対して平気でタメ口で会話をする人

治療の説明やら、薬の説明やらを、さも自分が治療してあげているかのような上から目線の口ぶりで話す人

 

意外と多い上に、その多くは自分では気がついていません。

 

まぁ患者さんの中には、堅苦しい雰囲気を嫌がり敬語を使わない方が良いという人もいますが、、、

 

患者さんの多くは自分の病気を治してくれる医療従事者に対し、自分より立場が上として見る傾向があります。

先生、看護師さんの言うとおりにしていれば良い → 言うとおりにしなければ 的な感じですね。


なので、極端に自分自身をへりくだった姿勢で接してこられる人も少なくありません。。

・・・なので看護師も 知らず知らずのうちに勘違いをします。

 

看護師は偉くなってはいけない - あるある看護師ブログ

 

 ふっと冷静になって考えれば普通は当たり前に気が付くだろうに…。

 もともと老人の世代である年配の人たちは腰が低く謙虚で礼儀正しい。当時の教育は貞節さと女性は一歩引くのが徳とされた世代であり、家によっては両手をついて客を迎える時代の家庭の育ちだったりする。病の治療に対する感謝だけでなく、看護という身の廻りの世話を、自分の家族でも嫌がるような事をさせてしまって申し訳ない、という気持ちももちろんあるだろう。

 

私も度々思っていました。
そして、それはとても不快だし失礼だと感じています。
気心知れた仲、親しみを込めて、というのではなく、まるで幼子に接するかの如くの口ぶりが不快です。
それに引き換え、御老人のほうが「ありがとうございます」「お世話様です」などと深々とお辞儀をして応えていると何かいい知れぬ悲しさを感じます。
もちろん皆に悪意は無く、むしろ好意的に、親しみを込めて、理解しやすいように話してあげているつもりなのでしょうが、どこかで本当の敬いの気持が置き去りになっている結果なのだと思います。

ーー

やはり、同じように思う方がたくさんいるのですね。

「幼子に接するような」「ご老人の方が・・・・」というのは、まさにその通りです。私が感じていたこと、そのままです。

高齢者の方って、とても丁寧ですよね。
以前私が飲食店でアルバイトしていたとき、お客は神様と言わんばかりに、目を見て「ごちそうさま」すら言えない若い人たちも多い中、
あるおばあちゃんがレジで、「どうも、ありがとうございます。おいしかったです」と深々とお辞儀をされました。
ファミレスですし、そこまでは必要ないとは思う反面、非常にうれしかったのをよく覚えています。

相手がどんな態度でも「感謝する」ご老人には、本当に私も頭が下がります

ところで、敬語に限らず、耳がちゃんと聞こえる人にまで大きな声で話したりするのもそうですし、
ちょっと話はとびますが、
日本語が上手ではない外国人に対して敬語でなくなるのも、なんだかそういった、「上から目線」の心理が働いているのかなぁと思いました。

 

http://oshiete1.nifty.com/qa3840625.html

 

 「弱者を見下す」、「弱者に優越感を感じる」、これは賎しい行いだ。

 もちろん、やられる方だって看護師の醜い優越感と傲慢さには気が付くし、とても不快だ。

 

 

患者側になってつくづく思い知らされた 。  偉そうな看護師はムカつく。  態度で分かる。見下してる感って伝わるんだ。  本当に今日手術をして手術台に乗っかってるとき思った。  完全私のことバカにしてるでしょ?  って。知ったような口聞いてるのが凄く腹が立った。  私も業務するときは気を付けないと患者さんを不愉快にさせるんだなと思った。自分自身も初心に戻って態度改めなきゃ。
ーーー
私も看護師ー。  うーん、なんていうか基本偉そうな人多くないですか? 医者も看護師も。  知識のない一般人を小馬鹿にしてる感じ?
ーーー
いきなりタメ口の人は気になりますね。基本的には物言いが気になります。そんな言い方しなくてもいいじゃない…っていう場合とか、あとリハビリなどの時の指示やダメ出しがキツイ人。
ーーー
医者並みにあたしも博学なのって思い込んでる女。誰だって自分の仕事の事くらい勉強してるっつの。何か勘違いババが多い。 医者に見下されてるんだなーって毎回思う
ーーー
なんか、変な世界ですよね医療関係の現場って。 みんな狭い場所でお山の大将みたいになってて笑えます(^ ^)
ーーー
私もナースですが、若いナースは、自分に酔っちゃっている方が多くないですか?
ーーー
ムカつきはしないですけど、うんうん、って相槌されたり、他の患者さんにしてるの見ると、上から目線と言うか、偉そうに感じます。 タメ口?って思っちゃいます。 子供ならまだ分かるけど、高校生くらいとか、1人で病院行ける年齢になったらタメ口はちょっと見てても引っかかります。
 
 
 
 外の世界を知らないから。本当にお山の大将である。
 

投稿者:匿名

何となく周りを見下してる感じ
そりゃ、たいていは患者さんから「ありがとう、すみません」とペコペコされてるんだもんね。
義母が「あの、目上の人間とか関係なく、バカにしたような赤ちゃんに言うような言い方がカチンとくる」とか言ってた。

 

 はたまた老人だからこそ、話が長くなったり、我儘になってきたりする。それが当たり前であって、それに対してつっけどんにしたり子供相手の口調に落とすべきではない。そういうのに対しては、無礼にならない上手い切り上げ方というのがあるのである。医療以外の現場でのクレーム対応、営業、接客、上司と部下たち、様々な状況で当然のこと、社会人としての当たり前、いや人として当たり前の行動が、看護師たちは出来ない、というかするつもりがないように見えるのだ。

  昔は手術前に医者に金品「袖の下」を渡すことがままあった。手を抜かないで良くやってくださいねという事だが、逆に言うと賄賂でも贈らないと碌な仕事をしない医者達と思われていた、というたいそう馬鹿にした話である。

  それと同じで、看護師達をおだてて、看護師に媚びて調子に乗らせないとまともに仕事すらやらない奴ら、と看破されているのだ。

  当たり前にやると感謝されないからと思い込んで、わざと嫌々面倒くさそうにやり、やってあげた感丸出しにし、患者・家族から無理やり感謝の言葉を引き出す看護師など、その典型だ。仕事として給料貰っているにも関わらず… 

  本当の粋な気遣いとは、相手に言わせず気が付かない内にやって、あとから「あ、やってくれたんだ!」と思われる事である。露骨なアピールは不快感しか残らない。心からでなく、言わせられてしまった感という不満である。

 

アラフォーの専業主婦です。
今度手術のため入院が決まりましたが、少々心配があってお訊ねします。

前回入院したときは、看護師さんに嫌われたようで、
ひどく居心地が悪い入院期間を過ごした経験があります。

たとえば、手術後お風呂に入れない人には毎朝、
身体を拭くためのお湯の入った洗面桶とタオルが配られるのですが、
私だけ「足湯」と書いてある桶が配られたり、忘れられたり。
それ以外でも、他の患者さんと違う対応が度々ありました。

多分理由としては、
初めての手術後で具合が悪く、横になってばかりだったので
看護師さんに感謝の気持ちをちゃんと伝えてなかったことか、
大人数の部屋だったにもかかわらず、寝込んでしまってばかりで
ちゃんと部屋に馴染んでいなかったことかなと思っています。

今度は看護師さんに嫌われるヘマをしたくないもので、質問なのですが
看護師さんとしては、患者にどう声をかけてもらえたら、
機嫌を損ねずに済むものでしょうか


http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2015/0615/717582.htm

 

 恩着せがましいとか押しつけがましい下品さというものに看護師自身はまったく気が付いていない。普通はそんな言わせた感の空虚なお追蹤に、嬉しくもなんとも感じないはずなのだが… 自分が上にたった立場を相手に見せつけて権力の誇示、醜い自己顕示欲を満たして悦に入っている以外のなにものでもない。

 「人の善意を利用する」「人の厚意に付け込む」これは本物のバカがすることだ。

 

一部のお局的な看護師は、「おまえ本当に看護師?」って人もいました。しゃべり方も横柄!我々家族に対しても「昨日、ナースコール何回も押されて大変だったのよ~」と嫌味たらしく言う始末。私の母は、「すいません、すいません」と謝りましたが・・・・
私は、夜勤明けで寝てない状態でしたので、ぷちっときキレてしまい、本人に聞こえる声で「それが、お前の仕事だろ?」「何のための看護師だよ!」と言ってしまいました。その看護師と数秒間ガンのつけあい・・・・30歳こえてガンのつけあいしたのは、はじめてでいた。それから、看護師は、そいうものと思うようにしてます。患者さんと口では言いつつ、本心は「看護師様」と思っている生き物です。看護師さまさまですよね。

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1066392635

 

女は感情的&優越感に浸りたい生き物、忙しいなりにもそれなりの給与手にしたら他人を見下すのは当たり前。まして底辺育ちなら尚更。
謙虚さがない辺り、浅学さが滲み出てるのが痛いほど分かるよね。

 

http://archive.2ch-ranking.net/sousai/1381145582.html

 

 実際、看護師が目を付けた相手に対して、露骨に幼稚な嫌がらせをする。例えば廊下でワザと避けない、患者もワザと痛く注射する、放置する、乱暴な口をきく、などなど、全然ありうる話で、割合は多くはないが、実際に頻繁にある。

 それままるで医療提供側は患者を医療サービスを物乞いする乞食のように見ていて、命と健康を命乞いする患者に医療を提供してあげている偉い看護師のワタシタチ、何か文句ある?ワタシタチはお偉い先生なのよ、なんで偉いワタシタチがそんな事しなきゃいけないの?、みたいな。

 

先日のある病院で。

先生が診察したあと、
看護師さんが薬の使い方などを説明する流れになっているところで。

先生の診察室の横? で、
看護師さんにカルテが終わった順に回っていくシステムらしい。

先生の診察内容が、
「この薬をやめてくださいね。
 それだけであとは同じでいいですよ。また来週きてください」

看護師さんから 特に詳しく説明をきくところもないようだったので、
そのまま会計の待合室に移動したところ、

看護師さんが呼んでいる声が・


「診察終わったら、こっちで待ちましょう(ー_ー)!!」 
すごい怖い表情と強い声。

こわーい!!

「先生が、ひとつの薬やめるだけでいいとおっしゃったので…」

看護師「そんなこと言ったって、こっちにはカルテ回ってくるんですから!」

 20代前半の感じの女性でした。
 威張った感じのいい方は、とても不愉快になりますね・・。

言い方や声、
自分の病院で、自分の指示に従うのが当然! という雰囲気が漂ってます。

先生はいい人なのになぁ。

看護師さんで台無しです。

ルールや流れがわかっていない患者さんも多いはず。
まずは、人のせいにしないことです。お客様のせいにしない。

「私のご説明不足でしたね、先生の診察のあとは、毎回こちらでお待ちいただけますか?」

と言えば感じいいですよね。

よく企業研修先で言ってほしいと頼まれることの一つは、

「あなたの給料は、だれが払っているの?」

会社が振り込んでくるのでしょうが、
目の前のお客様が支払ったお金が自分の給料になっているってこと。

自分にお金を払ってくれている人に、
丁寧に接してくださいね(*^^*)

「お客様が悪いと思うことも、自分の責任ということにする」


http://blog.imptalk.net/?eid=302

 

 「自分は看護師なんだから、いう事を聞け」、「自分は看護師なんだから、尊くて偉い人間」、「自分は看護師なんだから、感謝されるべき」 、「自分は看護師なんだから、何をしてもいい」....この連鎖。

 治療して欲しければ我慢しろ。土下座しろ、と。看護師に感謝しない患者はどうなってもよい、というような。

 

 弱者の立場に付け入るのは卑怯な行いだ。

 

 こういう看護師とは何かをそもそも分かっていないのが、腐ったミカンというものだ。

 看護師がキツイ人でトゲトゲしい物言いをするなのは看護師失格。というのはこちらで説明する。昨今、こういう「仕事とはなんたるか」すらわかってない看護師が増えすぎて目に余る。

 

お金を払ってるからではなく、看護する事が看護師の仕事なので当たり前ですよね?

必要最低限『以上』の事をして相手がそれを当たり前以上の事をしてもらったと感じて初めて感謝が生まれるんです。

感謝を強要するなんて仕事を勘違いしてません?


どんな仕事でも役割があるんです。

販売員の人は物を売る事が仕事・教師は教える事が仕事・弁護士は弁護する事が仕事・警察官は取り締まる事が仕事等、皆それぞれの役割の仕事をこなしてますが当たり前の事をして感謝してほしいなんて強要する人はいません。

看護師に20さんみたいな人が多いから世間からの評価が低いのでは?

 

看護師って性格悪いの多くないですか
http://onayamifree.com/threadres/1624856/all/

 

病院では、
「病気?まったくお前はダメなやつだなあ」
から関係が始まる。

「済みません、済みません、大変なんです、困ってるんです」

「そうかヨシヨシ、なんとかして欲しいか、じゃぁ少しやってやろうか」

で、

「オイ、俺が生かしてやってんだぞ、やってやったのに感謝が足りねーんじゃねーの?」

「スミマセン、スミマセン、ありがとうございます、ありがとうございます」

「おーヨシヨシ、ご苦労だった、まーお大事に」

で関係が終わる。

他の業界では、

「何かお困りですか?お手伝いさせて頂く事はありますでしょうか」

「実は、こういう事で困っていて大変なんです」

「なるほど。それはこういうことでしょうか。承知しました。ではこう言う方法やこう言うのがありますけれども、いかがでしょうか」

「それではこれでお願いします」

で、

「ありがとうございました」

「満足頂いて幸いです。こちらこそ、お越し頂いてありがとうございました」

で終わる。


 これ良く読めば別に病院でも同じ対応しても全然変ではない。日本の医療は単に市場主義の原理が全く働いていないのだ。

 日本特有の国民皆保険制度で、お金がなければ路上でのたれ死ねという社会ではないという日本の利点が、歪みとなって医療職の粗暴さとなって現れる。極端な話、サイコパスというか人格障害みたいな上から目線の横暴な人達にとって居心地の良い世界なのだ。

 例えば、銀行から融資をもらう際に、窓口の銀行員が「カネが欲しいか。貸してほしいなら俺様のいう事をきけ」とか「貸してあげよっかな~あんたの行儀が良かったらね~」なんて態度だったら、客から「ふざけるなただの高利貸しがっ!」などと反発されるだろう。そしてそんなアホな事をわざわざする銀行員は一人もいない。銀行も組織としてそんな対応はしない。

 看護師の上から目線の態度もの言いはそれと同じなのだが、看護師はそういった行為を平気でやっている。

 

 バカだから。

 

 もともと日本の医療業界や病院の中は、実情として市場経済の原理が働かず基本的な自由競争が起きないので悪が淘汰されない。しかも「悪貨が良貨を駆逐する」という現象だけは起きる。また病院内部でも、まともな人がまじめにやるだけ損、だから悪い看護師ほど長く残る。ダルそうで声と態度だけでかい気の強い看護師が「嫌なら辞めれば?」と良い看護師を苛めて辞めさせる。いやなら病院こなければぁ?と。
 
 しばしば、世間では国営だったNTT(旧電電公社)などを「殿様商売」と揶揄したものだ。ふんぞり返っていてもお金が入ってきたからだ。結局のところ腐敗と非効率が進んだ公務員である警察なども公僕つまり公けの僕(しもべ)であるが、一部「公権力の横暴」などと言われることもあった。役所の仕事も「ほら、お役所仕事だから」と上っ面な形式にこだわるだけの中身の無いいい加減な仕事を批判する言葉である。
 つまり、公立病院の医療者は、公権力の横暴と、殿様商売と、お役所仕事、そして医療という名の下に人質を取る、という事で、トリプル最狂に傲慢高慢な人間性でヤバい奴らになってしまう....。当然ながらそんな姿勢で患者にとって良い医療などなしえない。
 

 医療者の言葉遣い・態度はなぜ良くならないのか?(前編)

 

最近、私の周辺から、これに関する話を、しょっちゅう耳にします。
何で医療者って、ああも偉そうなの!?むかっ!
という声です。
まぁ、私が怒られてもな~あせる
とも思いますが、同じ医療者としては、申し訳ない気持ちもあります。
私ができることは、こうやってブログで発信することぐらいですから、こうやって、書いているわけであります。

いろいろと耳にすることを元にしますと・・・
ある地域では、いわゆる医療過疎地域であるため、その病院・診療所しかないので、どんなに偉そうにしていても、どんなに不愉快であっても、他に受診するところがないので、地域の方は、我慢して、仕方なく、そこを受診している、という状態なんだそうです。殿様商売と似ていますよね
他に競合がないから、ふんぞり返っている状態です。しかも、あってはならないことですが、受診する側としては、「じゃあ、もう来なくていいよ。他に行けば?」という「見捨てられ」発言をされると困るので、黙って受診し続けている、という心理もあるようです。

そして、こういう医療者・医療機関は、医療過疎地域に限らないということなのです。
逆に、○○指定など、大病院といわれるところでも、似たようなことが起きています。私の知人は、夜間受診をして、とても面倒くさそうに、事務的に「あしらわれる」ような医療者の言葉遣い・態度に、ものすごく憤慨していました。こういった体験は、私は複数の知人から聞きました。
起きていることは違いますが、医療者の言葉遣い・態度が劣悪、という原因は、同じです。
悲しいことですが、医療者の言葉遣い・態度が「悪い」ではなく、「劣悪」なんです!!
あれで、医療者か!?というレベルは、とっくに超えて、
あれで、人間か!?
という言葉を口にした知人もいます。

人間の生命や健康に関わるような仕事は、特にそうだと思いますが、言葉遣い・態度、という表面的なことだけを改善するのではなく、やっぱり人間としてどうなのか、というのが根底にありますから、それらが、自然と言葉遣いや態度に出てしまう、ということでしょう。

 

医療者の言葉遣い・態度はなぜ良くならないのか?(前編) | 看護職のナレッジマネジメントを支援する変な保健師~創世看匠

 

質の良さって何?

医療者の言葉遣いや態度が、話題になること、多々あります。
少し前には、某病院の若い医師が、夜間の受診に来られたお子さんの父親に向かって、暴言を吐いたことが、インターネットに公開されてしまいました。
こういうことって、今さら、驚くことでもなく、随分と前から、繰り返されていることなのではないでしょうか。
最近は、インターネットによって、拡散が速いから、目につくだけで、雑誌なんかでも、「こんな病院が・・・」という特集記事が組まれたりしてきました。

いつまで、医療者は、このようなことを続けていくのでしょうか。
しかも、なぜ、エラそうな態度、上から目線的な態度をとるのでしょうか・・・
私は、あなたのために、やってあげてるのに・・・といった発言もあります。
あの患者さん、ありがとうの一言もなかった、ということを言う医療者もいます。
あ~・・・、情けない・・・、悲しい・・・しょぼん

看護師であろうが、医師であろうが、医療者は、人々の生活を健康という面からサポートする役割であって、決してコントロールする立場ではないし、そんな権限も何もない、ということを、よく肝に銘じておくべきでしょう。

医療者は、「人」を対象にする職業であり、対象者となる方は、さまざまな人生を送ってきているわけで、人間として、そういう方々を心底、「尊敬する」(respect)という態度が必要ですよね。
赤ちゃんであっても、お年寄りであっても、同年代であっても、年下であっても、全ての人に対してです。
赤ちゃんから学ぶことは、たくさんあります。
お年寄りから学ぶことは、たくさんあります。
同年代から学ぶことは、たくさんあります。
年下から学ぶことは、たくさんあります。

そう、学びに年齢は関係ないのです。
そういう方たちが、私たち医療者を頼って来てくださっているのですから、その方に対して、尊敬の念を持って接する・・・これは、当たり前のことです。
エラそうに接する理由なんて、ありません。
むしろ、私たちを活用してみたい、と人から思われるような自分を常につくっていく必要があるでしょう。

信頼関係を築く・・・この言葉も、よく耳にします。
信頼関係なんて、一言目を発する前から、始まっていたりします。言葉を交わさなくても、信頼関係が築かれることだってあります。
例えば、病院のお掃除をしてくれる方にも、いろいろなタイプがあると思います。いつもピカピカに、丁寧にお掃除をしてくれる方は、お名前を患者さん側が知ることはないかもしれないですが、そういう仕事ぶりを見ている患者さん側からの信頼は絶大なものです。

こんな記事を見つけましたニコニコ

思わず感動! 駅員さんの「神対応」エピソード「吐いても嫌な顔せず対応」「放送で受験生応援」~マイナビスチューデント(2015年3月13日)

具合が悪い時の対応など、もしかしたら、態度の悪い医療者以上かもしれません。
医療者は、自分たちがとっても大変な仕事をしているんだ、と思っているかもしれませんが、駅員さんたちも、とってもハードな勤務なんですよ。
私も全然知らなかったのですが、先日、某鉄道会社の方と知り合いになって、勤務のことが話題になり、うかがってみると、泊りの勤務があっても、まだ勤務が続くらしく、医療者以上かもしれない、と私は思いました。
それでも、「神対応」と言われるような、すばらしい対応をされているわけですから、頭が下がりますね。

そして、「神対応」という言葉を、インターネットで検索しても、残念ながら、上位に医療者の話は出てきませんでしたしょぼん

まぁ、私の知り合いも、先日、病院を受診して、お友達が吐いているそばに立って、見下ろしていた医師がいたそうで、看護師も来ず、随分と憤慨していましたから、「神対応」どころか、その正反対のことですね・・・。

忙しいのは、もしかしたら、自分の時間のコントロールのせいかも・・・と考えることもできます。
患者さんから、ありがとうと言われないのは、わざわざ言われることがないくらい、感じないくらい、自然な医療サービスだったから、と考えることもできます。
他の業種もそうですが、特に、医療は、できて当たり前、できなかったら、いろんなことを言われます。
クレームも挙がります。もしかしたら、訴訟になることだってあります。
そう、できて当たり前なんです。
そこに、
ありがとうと言われたい
ほめられたい
を持ってきてしまうと、おかしなことになります。
なぜなら、そこに、患者さんは不在だからです。医療者の自分本位になるからです。

価値観を、自分に置くのではなく、
相手の方に喜んでいただけること
より良い健康を手に入れていただけること
より良い健康的な生活を送っていただけること
に、医療者の喜びがある、という、本来の意味をいつまでも心に持ち、志を持ち続けていきたいものです。
それが、質の良さ、の根底にあるのではないでしょうか。

 

医療者の言葉遣い・態度はなぜ良くならないのか?(後編) | 看護職のナレッジマネジメントを支援する変な保健師~創世看匠

 

 前に私が書いたことと同じことを仰ってますね。

 

 
 しかも、当の日本の看護師達は、まったく何も知らない、気が付いていない。当然専門学校でもそんな事は教えない。
 

  現代の日本の看護師達はそういった事に恐ろしいほどに無知・無教養で人間的な器が小さい人が偉ぶってしまうという現象が増えた。しかも、その強者の立場を乱用すべきでない、という倫理教育すらされていない。弱者に対する仕事をしているなかで相手を依存させ、優越性に浸るそういう上から目線の看護師は危険信号だ。 

 

 相手を下に見ないと自尊心を保てない傾向が強い人のことを、共依存傾向がある人という。実は、看護師のような職種の人達はこの傾向が強い。この看護師と共依存の関係、患者関係の境界、パターナリズムなどはこっちより深く取り上げる。

 

 そもそも態度だけでかく、看護師は基本的常識や謙遜や謙虚という美徳を知らない。
 看護師は礼儀知らずな無礼なヤツ、と判断され「礼儀知らずのやつに礼儀なんていらんでしょ」となって無礼な振る舞いされるのは看護師なわけで、それって嫌でしょ?と考えれば分かるはずなのだが…狭い病院の中しか知らない看護師は気が付けない。
 
 

理由2: 世間知らずの無知と軍隊式上下関係

 病院内の狭い世界で、看護師自身が「看護師だから高い地位」 と言ってしまう時点で気持ち悪い。職業で上か下かを見る人は医療に関わってはいけない。

 また、後輩が出来たからと言って、偉い人間になった訳でも無い。

 先輩の立場、主任や師長の看護師は、後輩には相手に合わせて熱心に教え、自ら手本になるべき人間のはずだ。外部に対して申し訳ありません大変失礼をいたしましたと謝罪する監督者なのだ。勘違いして後輩にも外部の人間にも偉そうな態度で威張り散らすのはお門違い。

  ところが、看護師の世界は、前近代的な超がつくヤンキー体育会封建的軍隊的縦社会で上の言う事はどんなに不合理でも不条理で絶対、という縦社会。なのにその異常性に気が付かないで、後輩がついたとたん、偉ぶりだす。中身空っぽのいきがったDQNヤンキー体質そのまま。(*実際ヤンキー上がりが多いのと、業界体質)

 

早目に見定めよう! 「新任の女性看護師さんの属性」

「硬派ヤンキー上がり」な看護師さん(以下Ns)
看護師さんの元ヤン率は恐るべき高さを誇ります。完全に確変です。
彼女たちは縦社会で育ったので年功序説に拘りますし、礼儀正しいのですが、筋の通らないことには捨て身で刃向ってきます。下手打つと詰所で小突かれます。
社会というものは必ずしも正しい事を通せないのだよ、自分が悪くなくても頭を下げなくてはいけないこともあるのだよ、と言ったところで彼女たちは聞く耳持つようなヤワなタマではありません。 
いまだに彼女たちの愛車のステップワゴ○の後ろ側にはあゆのロゴのステッカーが貼ってあり、ダッシュボードにはフワフワの毛皮や植物の様なものがコーデされています。

 

http://blog.livedoor.jp/radicalma/archives/1750626.html

 

 私は前々から、体育会系精神論根性論の人たちの言う「礼儀正しくしろ」は、礼儀ではなくて「支配」とか「服従」とかいったものだと思っていた。「支配」や「服従」は、SMプレイでない限りは、大人同士ですることではない。礼儀とは、双方が気持ち良く関わるためのものなのだから、礼儀は双方通行のものであって、一方通行のものではないと思う。下の者が上の者に対してご機嫌取って気を遣うだけのものを、私は礼儀とは思わない。

http://d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/20121230/1356846976

 

 35というより30以上の場合でずっと辞めずに(産休育休も入れて)残っている人は病棟の中心的役割も担い、意見する人も退職等で周囲にいなくなるのでどうしても強い存在になりがちですね。既婚未婚関係なく能力もある程度あり気が強くないと残れないのでしょう。私はずっとここで可愛がられてきた、ここでやってきたという変な自信もつくんでしょうね。人の入れ替わりの激しい所なんかはそこしか知らない20代が同じように独裁的な事をしています管理の行き届いてない人が来ないような所は新卒者のやりたい放題野放しにして新卒者〜3年目が独裁状態の所もあります。同じ所でかたまって年数が経過すると物の見方は凝り固まり、異動やよそから来る人も入りづらい働きにくい職場にはなるでしょう。こういう傾向の薄い所が働きやすいかと思います。
ずっと同じ職場の人より、別の新しい環境にヒラで一から入ってる人の方が謙虚だとは感じます。看護師でも現場好きで一生ヒラがいいと思ってる人は癖もないです。しかし管理職についたりボス的になる看護師は人を見下したり現場より自分の昇進優先の行動を取りがちだと思います。師長同志の権力争いもあり、師長でも人柄のいい人は隅に追いやられている感じです。
環境面ではモンスターペアレント時代の新卒の人間性はもっと落ちていて常識,適性のない子も看護業界に入ってきます。看護系の学校もどんどん作られ受験業界,教育業界も金儲けに必死な感じがします。
100人看護師がいてそのうちの1人(能力が高く支配欲もある)がトップになり、その人の質,考え,レベルに合わない90人を切って、人手不足になれば簡単に人集めをしているのが現状じゃないでしょうか。管理職の地位を手にしてる人で働きやすい職場づくりを真剣に考えている人は果たしてどの位いるのか疑問です。

 

  主任や師長といった役職につく、後輩が出来る、という事は、偉い人間になった訳でも支配的に権力を振りかざす事が出来るという訳ではない。手本となるべき立場であり、後輩や部下に対して(当人達に対してのみならず対外的にも)気配りと責任を負うということである。

 

「責任を持っている」という事は、単に自分が適切な処置をするというだけでなく、他の同僚達もそうできるように手はずを整える、という意味である。

 近頃は使用人の質が落ちてきたと言われるが、私に言わせれば指示を出す方の質が落ちているのだ。指示の出し方もしらなければ、知恵を働かせて従うことを教える方法も知らないのだ。

 

フローレンス・ナイチンゲール 〜「看護覚え書き」 3章 「小管理」

 

努力をしなくても、人手はどこも足りていないのでクビになることもなく、しかも一般より多い給与をもらうことができます。そして職場に長く居座っていれば後輩が増えて、相対的に立場が上になってゆきます。だから自分は仕事のできる、偉い人間だと勘違いしてしまうのでしょう。なぜかそういう人ほど本当にプライドだけは高いので、それが患者さんをはじめとした他人に対する態度に表れるのだと思います。

 

看護師(特に若い人)って勘違いしてる人が多いなって思うのは... - Yahoo!知恵袋

 

 給料が多い=偉いというなら、風俗嬢も偉い人間か、という。。。

 

私の知り合いに何人か看護師がいます。

彼女達は、二言目には「私は稼いでるから」とか「私は看護師だから」と言って、他の職業の人を見下してるような素振りや言動を感じます

その割りには、とても振舞いが知的な感じはしません。
私の知り合いだけかも知れませんが…

給与が高いと自慢するけど、失礼ながら高齢者のお世話、吐物や下血の後処理等の汚い仕事、不規則な勤務体制。人が敬遠するような仕事だからでは?と思ってしまいます

医者の指示がなければ注射一本打てないのに、余りに職業自慢をされると、単なる医者の手伝いでは?
とも思ってしまいます。

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10112841190

 

基本的に院内の女性と言えば、医師、事務員、栄養士や薬剤師、そして看護師。看護師は、医師は別格としても、その他女性職員にはエベレストにも匹敵する見栄とプライドを発揮する。そう、他の女には負けられないのだ。医師の隣に立つのは私なのだ!!と。

どこの病棟でもそうだが、病棟内で最も公私ともに発言権を持っているのは、中堅看護師層だ。病院にもよるが、大体経験5、6年目くらいからがこの層に入る。中堅看護師層はまさに結婚適齢期。仕事もノリにのってきて、調子に乗ってしまうお年頃。彼女らの自己顕示欲はとどまるところを知らない

女の恐ろしさを日々痛感する次第である。

...

私は、ベテラン看護師に囲まれた若手研修医たちの引きつった笑顔が今も忘れられない。

....

前回までに書き綴った通り、看護師界は上下関係も厳しく、また見栄とプライドが入り交じる世界である。

既婚看護師の間には、小説『白い巨塔』のくれない会(教授の奥様会)を彷彿とさせる派閥があり、言うなれば「裏ステータス」というものが存在している。なぜだか、夫のステータスはそのまま病棟内の裏ステータスに直結する。表のステータスとは違い、裏ステータスの高い看護師は実質的な権力を握る事が多い。独身の師長や主任も、そこには太刀打ちできないほどだ

何気ない世間話の中で、絶妙のタイミングで繰り出されるのは、ムンムンと匂い立つ間接的な夫の自慢話や「結婚生活幸せです」アピールだ。ここでは、自分の結婚生活がいかに充実していて幸せであるように見せるかが勝負である。トップとまでは行かなくとも、裏ステータスはある程度高い方が職場では生き残りやすいため、既婚者は既婚者で皆必死なのだ。ちなみに看護学校時代の同期も昨年結婚し、新婚早々くれない会(笑)の一員となったが、やはりなかなかの苦戦を強いられているようである。

 

http://cazana.net/archives/4927965.html

 

 普通の企業であれば、アラサーの男にしても女にしても、まだまだひよっこで上司や管理職が重しとなるし、クライアント相手のこともあるので、決して偉ぶれないし、そこまで調子に乗らない、乗れない。

 しかし、病棟看護師の世界は、たがが外れていて、女のヒエラルキーでは若さが上。上司もバカで若作りをしてケバく性的に露骨さをウリに若い看護師と必死に張り合う痛い人達だったりする。

 

知り合いで看護師やってる人が数人おるんだけど、 

周りから頭を下げられる立場からか、病人(弱者)を相手にしてるからか 
みんな高圧的というか、天狗というか、上からというか。 
ーーーー
勘違いババァいるよなw 
いい年こいて変な猫なで声出してコミュニケーションうまくなったように勘違いしてるお局ナースがw 
周りがヘコヘコするもんだから自分はすげーとか妄信してるババァw 
思うに女に権力を与えるとろくなことがない 
どう見ても小皺が目立つ年増なのに妙に若作りしてマジでキモい 
そして若い男性職員にだけ猫なで声出してえこひいきwww 

 

看護師に不思議と共通してるのがイキがる性質です。悲しい事に、イキがるけれども知識の裏付けがないため、まともな相手と論争になると最後に必ず恥をかきます。

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1284533392

 

看護師は相手を見て話してるのかと思う
付き添いの同年代の女性には品定めするような見下した態度

年配の方にタメ口で話してるのを見るとがっかりする

 

https://girlschannel.net/topics/1046480/2/

 

私は看護師ですが、かなり性格悪いですよ。認めます。
うちは大学病院で若いナースばっかりなんで
やられなきゃ、やられちゃう
本当に倒すか倒されるかとゆうかんじです。
性格も悪くないと、生き残れない。
まあ、ブスなら関係ないけど、
「女競争」みたいなのはある意味、水商売なんかよりよほど激しいよ。
------
実際、最後まで残るのは最も、優しさや思いやりに欠けた冷徹欠陥人間だよ。
------
で、医者に遊ばれるだけでヤリマンと化すも、結婚出来ず婆となる。
叔母がそうだった。
------
親戚のナースが、見たことない性格の悪さ。
巻きこまれると人格引きずり落とされそうになる。危険。
------
俺の知っている看護師も性格の良い人は、すぐ辞めていったよ。
ずっと残ってるのは、魑魅魍魎
------
性格も容姿も悪い看護師が濃縮され性格が顔にでるというか、ぶくぶくに肥って意地悪そうな顔立ちの看護師長みたいな顔になっていく。

 

http://archive.2ch-ranking.net/archive_i.php?board=sousai&time=1331594347

 

自分は准看ですが、
准看は大卒に比べて処世術は長けてます
でも、今まで、気に食わないからって
オムツ交換時、患者さんのお尻を綺麗とか言ってみんなを呼んでさらしものにしたり、
弱い患者さんを隠れて叩いたり、、
大卒はしないことが平気でできる人が比較的多い。でも、そんな事をしても大丈夫な処世術を持ってる、それが准看の強さ、怖さだと
今まで嫌と言うほど感じました。
卒業後、今の病院に就職して大卒の方がやっぱり人として格上だと感じますし一緒に働いていて安心します
偏見は行けないけど、准看は自分の利益のために周りに合わせる力が、大卒は自分の頭で利益関係なく考える力がある気がします

 

https://www.kango-roo.com/ca/topics/6683/

 

看護師はプライドが高いのか??(中略)

それを自覚している看護師は割と少ないような感じがします。現実的に患者に対して上から目線で話をする看護師は、その程度の看護師(悪い意味で) !! ちなみに、その傾向は、中高年のある程度ベテランの域にいる看護師に多い。

 

【現場の実態!】誇り?足かせ?看護師のプライド! | 聞いてはいけない!元看護師のウワサ

 

 2,3年目、中堅、中高年のベテランどれもこれも分かってないのは分かってない。

 若い新人や実習生に対してだけでなく患者にも偉そうな態度で見下した態度や無視、酷い言葉遣いをすることが許されていると勝手に思い込み、自分はいかにも偉い人間なのだと勘違いしてしまい、言葉の端々に上から目線の態度が出てしまう。
 
 
 そして病院外の年上の男に対しても「ヨシヨシ僕ちゃん」目線の最悪な女となる。
 
 

 その病院では、物をとこどこにしまってる、とかいった単にその病院固有の事を知っているというだけで、そんな事も知らないの?と、もっと目上や知識も技術も経験の上の人間に対して露骨にバカにした態度をとる。これをやるのは100%女だけ。男は絶対にやらない。男なら相手をたてる。あなたはちゃんとできる人なんですけどまだ勝手が分からないだけなんですよね、当然ですよね、と。

 

・なんなのあいつら・・・

・いちいちイライラさせてくれるんだよな、あいつら

・「私に何も言わないでこの処方書いて」
とかなんなの・・・
普通に「この処方書いてもらえます?」とかじゃだめなの??

・看護婦「何も出来ないなら何もしないでwww」
いや、お前に出来ないこと色々してるんですが・・・

 

病院勤めの奴はわかるだろうが看護師はまじでひどい。特に女
白衣の悪魔

・ほんと悪魔だよな
ひど過ぎる

看護師だけど、研修医が無駄にプライドだけは高くてむかつく

なんでお前らはアホなのにプライド低くないの?
ってマジで思う。

・看護師ってどう考えてもアレなヤツらが平気で資格とって就業するからなぁ。

看護師は使えるとか使えないとか関係なく誰か叩けそうな人がいたら叩くっていうスタンスなんだと思うよ、わりとマジで

別に見下されようが、影で馬鹿にされようが一切構わないんだが、
最低限の言葉遣いとか態度とかどうにかして欲しいねー
こっちは敬語で応対してるわけだし

そりゃムリだ。
看護師同士でもバチバチやってて、聞こえるか聞こえないかぐらいの陰口たたいて下品な笑い声たててイラつかせるのが天職みたいなのしか残らねーもん。
優しいおとなしい看護師なんてハイエナの群れの中のガゼルみたいなモンだ

俺は自分がまだ無能な研修医だと思ってるから下手下手にでるけど
それをいいことに上から物言ってくる看護師は少しイラッとする

本来お互い敬語であるべきなんだと思うんだよね
まさにその通りで下手にでると異常に偉そうになる看護師が多い

あと男の看護師は仕事ができて良い人が多い

結局、看護師って病棟に何がどこにあるかとか、
そういう他の病院にいったら一切使えないようなどうでもいいことを知ってる=出来る
みたいな風潮があるんだよね
それを押し付けられても困っちゃうのよね

さらに○○先生って不細工で暗いからちょっと優しくしたら勘違いしてきもいよね~きゃははって
他の看護師と色々悪口言ってて泣いた


医療界では看護師がもっとも嫌われてるのは常識だよ

 

http://netaatoz.jp/archives/5354800.html

 

連中は研修医や専門外の医者があれができない、手術がヘタだ等と馬鹿にする。
しかし彼女らの仕事というのは、(看護学というエセ学問はあるが)生産性というか、発展性がない。
自分で何か新しい物事を生み出そうという資質が全くなく、頭が必要ない単純労働でしかない。
論文を読み込んでキャッチアップしてる奴がいるとも思えない。
指示されたことをこなせるようになったら一人前と威張り出し
知識なんて看護師とは次元が異なる程に豊富なのに、その現場のローカルルールに不慣れなだけで医師を嘲笑う。
看護師とはつくづく底の浅い人間どもだ。

 

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/sousai/1374238222/

 

507 :名無しさん@お大事に:2012/03/25(日) 10:32:43.24 id:YAwy4TrP
看護婦の対応について質問!
なんで別に悪い事をしてないのにあんな強い口調で言われなきゃならないんだよ!こっちは入院とか手術とかやりたくもないものをやるんだからいくら医者が大丈夫って言ったって精神的に僅かでもヤラレルのは当然の事。なのに食事の事でもちょっと聞いても返事も適当。
俺の友達の看護婦の何人かに「いい患者さん」ってどんなん?
ってきいたら「決まって言う事聞いてくれる人」って答える。
言いたい事も言わせないようにして患者を押さえさせてません?
納得できん!
なんで女の看護婦って患者主体の医療じゃなく、自分がコントロールできるか否かで判断するんだろうか
女って自分より立場が弱い子供やジジイの相手して何が満足なんだろうか
言うこときかない子供に下町のヤンママが怒鳴りつけてるのと同じ
自分の思う通りに自分の感情を患者の感情、考えにすり替えてやがる
「あたしだけをみて
あたしが主体なの
あたしがやりたいようにやらせて
あたしの感情が赴くままにさせて」
女に仕事させるのが間違ってる

 

 もともと女性上司の特徴としてもある。
 

 「女上司は自分の思い通りにならないことがあるとしつこいぞ。妥協を知らないし支配欲強過ぎるからろくなことしない」

「職場にしか居場所がないもんだから、部下たちのプライベート時間を潰したいようで無駄な休日出勤させたり、残業させたりしてくるからすげー腹立つ」

「自分の仕事は溜めまくってるのに人にケチばかりつけて回る」
「嫌な事、面倒な仕事は全部下っ端まかせ。自分の事は棚に上げて人の失敗を全力で怒る。女王様気取り」
「自分よりキレイな人の悪口ばっかり。50代で仕事できないケバい女上司、頼むから辞めてくれ~」

 

「女性上司」急増で職場崩壊? 「ネチネチしてて嫌」「仕事が円滑に回らない」 : J-CAST会社ウォッチ

 

 母性は、わが子を守る本能によって、公平であり得ない。
 女性は、なかんずく母性は、わが子を守る本能によって、公平であり得ない。その原理が拡大して、夫や恋人や家族にも適用される。
 よって同族会社では、女性役員の不平等な判断の弊害が頻出する。
 
 男性は、なかんずく父性は、わが子(男子)を敵対視する本能から、古来エディプス・コンプレックスの悲劇が多発している。ただし、公平と平等の認識に昇華すれば、ときに指導者としての尊敬を得られる。
 

 男と女の違い。

 女は単に共感して欲しくて目的なく話し、男は具体的解決策を欲して話す、という違いは有名な話し。女看護師が大の大人の男性患者に知ったような顔して「ウンウン(共感しますー、して欲しいんでしょ?)」みたいに来ても「なんだ偉そうに分かったふりして、ほっとけ」と男に思われていまうだけである。

 優しくしてるつもり、というのは、相手の事を本当には考えていない単なる自己満足なのである

 

 メルボルン卿はこう言っていた。「もし私が病を患ったら、身の回りには男性を置いてくれ。なにしろ、女性の存在を辛抱するには途方もない健康が必要だろうから」

 まったく同感である。

フローレンス・ナイチンゲール 〜 「看護覚え書き」 4章 「物音」

 

 単に偉ぶる人間=偉い、ではない。 

 

  そこを勘違いしてやりたい放題の非常識なベテラン看護師たちの横暴に被害を受けるのは新人後輩看護師達だけでなく、患者であり、患者家族である。 そしてそれを見習う看護師の将来は酷いもので連鎖が続いていく。

 

 しばしば、10年、15年と病人の世話をしてきた看護師のことを「経験のある看護師」と言う。しかし経験をもたらすのは観察によるものだけである。観察をしないものが50年、60年病人の世話をしても決して賢い人間にはならないだろう。
 それどころか、経験という言葉は時に逆のことを表す場合がある。「前任者の過ち」をそのまま繰り返している女性が経験を積んだ看護師と呼ばれたりする。(中略)
 そのような人達にとっては、どんな経験も教訓にはならず、自分や人が行うことの結果を見ることも理解することもできないだろう。Aがそれをしたからといって、Bもそれをして良いという正当な理由にはならないのだ。Aがした結果、良いと判明するならばそれは正当な理由となろう。 


フローレンス・ナイチンゲール  〜 「看護覚え書き」 補章 「看護師とは何か」

 

軍隊式上下関係のなごり

 

 看護学生の実習は、医学生の実習とはずいぶん様相が異なる。医学生の実習は結構気楽で、ゆるい感じに指導されることも多いが、看護学生の実習はそんなことはまるでないようだ。

 上下関係が厳しく、ふだん“あのナース、ホンマにアホちゃうか”と思っているナースでも、下に学生がつくと、厳しい言葉で命令指導していたりする。たまに、先輩ナースが看護学生に、ネチネチと決まりごとや雑多な細かいことを“指導?”して、看護学生が突っ立ったまま、そのネチネチの内容をずーっとメモし続けている光景にも出くわす

 医師と医学生の間ではそのような光景は基本的に、ない。

 また、看護学生が昼休みに入るときは必ずナースステーションで整列し、聞いてるのか聞いていないのかさっぱりわからない職務中のナースたちに向かって、「午前のご指導ありがとうございました。これからお昼休憩をいただきます」などと大声を張り上げて、深々と礼をしてから休憩に入るし、昼休みが終わると、またナースステーションで「お昼休憩をいただきありがとうございました。午後からのご指導もよろしくお願いします」などと声を張り上げる。

 医師の世界にはそういう慣習は、ない。

 医学生の頃から、よく同僚と話をしたものだ。

 「俺は、医師にはなれても看護師には、なれんね」

 「俺も。あんなの、無理……」

 

http://www.babajiro.com/babajiro/nikki/20130419nomi/kango.htm

 

 何も考えるな上官の命令は絶対だ、の日本軍式教育ですから。

 

日本赤十字社の看護教育は, 日本陸軍の教育方針に通じ,上官の命に絶対服従する,克己,忍耐,奉仕が指導精神の柱であった。

大正後期から昭和初期にかけて日本赤十字社の教育の特徴については,山本らが行なった卒業した 20名の聞きとり調査から推測することができる。看護技術教育は,臨床に先立つて教室における実習やデモンストレーションは殆ど行われることなし臨床での実践によって訓練された。指導体制では婦長一卒業生一上級生一下級生といフヒエラルキーがあり,上位の人には絶対的権威があった。看護行為の判断と実行には,すべて上位者の指示が必要で、あった。状況に応じて熟練した方法を他者に示すことはあっても,その根拠を他者に納得いく方法で教えることは少なかった

日本赤十字社による戦時救援看護婦養成が主流となり,全国の看護婦養成所の模範となって全国に広まったからである。

 

ナイチンゲールの看護の本質はどのように伝えられたか」

http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/13664/1/23_p111-121.pdf

 

 

●後輩に対して、「お前」って・・・(35歳女・育休中)
看護師の友人が、職場のいじめに悩んでいました。
聞いてみると本当に大変そう。その子が「先輩に名前で呼ばれたことがない」と言ったので、それではなんて呼ばれているのかきいてみると、「お前」だとか。

どんな理由があっても、それはヒドすぎませんか?
一部の職場に限った話だとは思いますが、正直驚きました。

 

http://www.kango-roo.com/sn/a/view/1421

 

看護学校ってなんで体育会系なんですか?女ばっかりなのに。
前から不思議です。
看護学生の行う朝、昼、晩の挨拶は軍隊式だし
教育というよりは調教、制裁的指導といった雰囲気。

ミスっちゃいけない場面では厳しくすべきと思いますが、
もうちょっと和気藹々とお互い助けあってやればいいのに…
といつも思います。

補足
「お仕事中失礼します!!
○○○子、○○○美、○○△男
以上三名、お昼の休憩を取らせていただきます!!
午前の実習、ご指導いただきありがとうございました!!
失礼します!!!」(その後一礼)

こんなのをいくつかの病院でみました。まだまだ軍隊式挨拶は残っているのでは・・・


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1450816769

 

 たとえあなたが後輩に威張り散らすことが黙認されている病院だとしても、患者からすれば、療養上の世話をしてくれる「単なる一看護師さん」なんですよ、と。

 

看護の専門性を高めるには、大学の様な研究機関で学ぶことは必要ですし、各種の認定資格も必要でしょう。

問題は学んだ人の人間性でしょうね。
学んだ得た物を患者や後輩へ提供することができなく、自分の存在を誇示するための道具にする人がいるからパワハラにつながるんだと思いますよ。

では、准看護師たちが謙虚に信念を持って職務に従事しているかというと、これもそうでもないです。
准看護師という資格を選んだほとんどの人は、現在の資格に不満を持ちながらも「勉強は嫌い」「お金が無い」と言いながら「でも社会的に信用のある資格についていたい」という方々。
なので経験を積めば自分の地位も上がっているはずと疑わない方々です。
学んでいないから学ぶ必要性もわかっていません。違いますか?

全てがこういう方々とは言いませんが、こういった掲示板で論争が起きるのは、周りにこのような方々が多いからでしょう。

現在の医療に看護師(准も含めた)たちの人間性が追い付いていないんですよ。
きついことを言いましたが、専門性を深めるには本当に学ばなくてはいけないのは人間性や倫理面です。
もしくは、学校入学の際の面接で厳しく選抜するべきです。
自分の一生を病める人々に捧げる、そういった信念を持った看護師の前では何の論争も起きないと思いますが。

 

 本来、責任者は組織の手本となり、対外的には皆の前で頭を下げる立場なのである。

 

「今の政治家は交通巡査だ。目の前に来た車をさばいているだけだ。それだけで警視総監にはなりたがる。政治家も財界のお偉方も志がない。立場で手に入れただけの権力を自分の能力だと勘違いしている奴が多い」

 

地位が上がれば役得ではなく“役損”と言うものがあるんだよ」

 

白洲次郎

 

「ここまでで何か質問ある人いる?

え?何も質問ないの?

あなたたち、そこまで何も質問してこないと、逆に本当に理解してるのか私不安になるわ!

なんでも質問しなさいね?一つも質問しない人は仕事覚える意欲が無いと私見なしますから。」

 

と、部下に対して言う女性上司をたまに見かけますが

こういう人は質問されることに飢えていますね。

質問され、依存されることで安心感を得ちゃってるパーソナリティーです。

そういう上司とはある程度、距離おいた方がいいです。

 

こういう人に限って

質問していいよと言うので、実際、気軽に気さくに質問してみると

「そんなくだらないこと自分で調べてから質問しなさい!」

と不機嫌になるタイプの女性です。

自分で矛盾していることに永遠に気づかないのでしょう。。。

 

しかし、男性にはこういう人はほとんどいないのが不思議ですね。

「頼りにされてる私すごいでしょ?」っていう無言のオーラ出してくるタイプは

女性特有のものだと思われます。

 

自分が部下に指示した通りの答え以外の答えを自分の力で見つけ出して

問題解決が出来ちゃった部下がいるのを見つけると

「自己流で勝手なことしないで!」となぜか怒り出す女性上司も

パーソナリティー障害を持っている可能性が高いですね。

 

学校の勉強とは違い、実際の仕事では

解決策や答えが複数あって当然なのです。

 

本来、健康な心の持ち主であれば、

先輩が発見した解決策以外の解決策を部下が自分の力で見つけられた場合

「よくできたね!すごい!」って賞賛したくなる気持ちが自然と湧くはずなんですが

 

上司が嫉妬や劣等感などにマイナスの感情の持ち主だと

「なに勝手なことしやがって!私の言った通りやれよ!」と

ヒステリックになる人がいます。


http://ameblo.jp/kangosiyameta-pdd/entry-12097388895.html

 

いざ就職してみると、7つの職場で大半の女が

後出しジャンケン」大好きな小姑みたいな性格してることがわかりました。

女は理屈が通用しないですね。

あらかじめ新人に教えておく責任が先輩側の方にこそあることを

女上司はなぜか理解出来ないみたいです。

 

今、看護業界に一番浸透しないといけない考え方は

①部下のミスはすなわち上司のミスであるということ。

②部下にミスをさせてしまった上司は

部下に対して「ミスさせてしまってごめんなさい。私のフォローが足りなかったせいです。」

と謝れる心を持つことです。


http://ameblo.jp/kangosiyameta-pdd/entry-12095246376.html

 

  偉そうな態度=偉い人、というものすごーく短絡的にみえる封建的、ヤンキー体育会軍隊式上下関係思考の看護師たち。

 

 本来は、新人・後輩だとしても、いや、だからこそ、社会人の大人として、ちゃんと敬語で接して、社会人の責任と自覚を促すべきなのだ。

 しかし、看護師はみんなタメグチお互い、お友達状態。後輩はパシリ。

 

 お前は女王様か、と。

 

 そんな勘違いした人達とは、患者としてどころか、人としてかかわり合いたくないのが普通だろう。こっちまで毒されてしまう。

  いや、本当に医者の前ではキャバ嬢みたいな雰囲気の看護師がナース服のコスプレをして良く調教された胸を突き出して気を付け整列しているのを見ると、どこぞのSM風俗ですか?と。

 

現在の医療福祉の現場には、「相手を尊重する」ということや「思いやり」ということが欠如している。看護師を含む医療従事者は、あたかも自分が権力を持ったかのように上位に立った目線から発言したり、ケアにあたることが多く感じられる。誰のための医療なのか、誰のための看護なのか。ひとりよがりのルーチンワークをするだけが看護とは到底いえない。人員不足などは言い訳にしか過ぎず、そこで我慢しているのは心身に問題を抱えた患者である。

 

医療従事者のホスピタリティ不足

 

  表立っては「看護師は気が強い」などとオブラートに包んで表現する人もいるが、実態は品の無いDQNヤンキーチンピラと同レベルのイキがっただけの尊大さなのである。

 

資格取得後20年超の看護師で、約10年前から、企業の産業看護師をやっています。
企業は当然女性だけの職場ではなく、男女混在しておりますが皆さん本当に紳士・淑女であり、お互いに尊重し合える風土があります。病院の看護の世界だけしか知らなかった時の自分がいかに井の中の蛙が思い知らされました。

---

企業勤めから看護師になって最低限のマナーも教養もない人しかいないと思いました。
それでも同僚として仲良くやりたいと頑張ってましたが、理不尽な嫌がらせやいじめばかりです。それに仲良さそうにしてても裏では悪口ばかりで、自己中な幼稚な人しかいません。患者さんにも偉そうで、医師の方が低姿勢です。

私は2年勤め来年には企業に戻ります。2度と臨床はしません。

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私は新人の時に師長から「看護師は水商売だ」と言われました。信じられますか?これは昭和の話ではなく、平成の話ですよ。
私は看護師全体の地位を上げるとか、労働環境を良くしていくとか、看護師同士が女性性をお互いに大切にしていくべきだと、…そういう教育を受けてきました。だから看護師がそれぞれ自分だけの狭い利害で、お互いに首を絞め合っている現実は、カルチャーショックでした。

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あーあ、やっぱり女性&看護師は面倒くさい。ねちねち、どろどろ、競争心。女性特有の「相手がどうすれば嫌がる」を狙って仕掛けてきますよね。面倒くさい。

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独特の人間関係。
チクリ、妬み、小姑みたくごちゃごちゃ、腹黒集団…

病院はどこも同じでした。

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看護学校、実習、病棟勤務、ヘルパー施設と経験したけど、ホントに変な人ばっかりの集団ですよね。くだらんいじめとか、なすりつけとか・・。社会的な常識とか無い人が残っていける社会みたいな、嫁イビリみたいな空気ですよね。
 
看護師ってなんで、びっくりする程性格悪い人いるんだろう。ほんとに恐怖。
どんな環境で育ったらそんな人間になるの?ってその人の背景考えてしまう。
そりゃ、離職率すごいことなるわ…。
もっと気軽にパワハラモラハラを訴える制度作った方がいんじゃない。
鬼のようなおツボねさんたちは辞めさせようよ。
患者に関わるどころじゃなく、看護師間の問題で精神的に病んでしまう人が多すぎる現状どうにかして。
 
 

うちのクリニックに限ってかもしれませんが、かなりの範囲での経験をさせていただいています。

業者や取引先との、連絡や対応など、会社に近い?ような経験もさせてもらっていています。

このクリニックにいて、思ったことは医療者はとても社会性がないということ。

医療ってとっても狭い世界で、医療者は患者さんより上に立つ場合が多いです(善し悪しは別にして)。

そうなればおのずと、社会性を育てる機会が減っていくのだと思います。

もちろん、医療の現場でも社会性を十分に身につけられる方もいるかもしれません。

少なくとも、私は自分の社会性の無さに驚き、落胆しました。

それからは、1つ1つの経験を貴重な社会経験としてプラス思考で受け止めるようにしました。

まだまだ不十分ではありますが、気付けただけ良かったかなと、これまたプラス思考です(笑)

 

http://ameblo.jp/nurse-rin5/entry-11433952098.html

 

私は自分がナースでしたが 事情があり今は独立して
他の仕事してますが たまに前の職場に遊びに行った時に
Drやナースは 馬鹿だな~って思います。
正直辞めて良かった・・・って思う部分もあります。
若いうちに資格取ってその道の職人になってるので専門馬鹿
なっていて 社会情勢や動向など無知に近いくせに
何となく偉そうにしてる様な感覚はありますね。
友人にナースが多いのも確かなので肌で感じます
これは元ナースが違う仕事した者しか分らないと思います。

 

看護婦は女性に嫌われがちですが何故でしょうか?私は5年前に看護士に... - Yahoo!知恵袋

 

  看護師が特に女性に嫌われる理由はまた別にもあるが、それはこっちで取り上げている。

 看護師とは、自分が患者になってみるか、別の仕事をしてみなければ、自分たちがいかに異常かを気が付けないのだということである

 自分が、自ら気が付けない環境に居る、社会人であれば基本誰からも指摘されないのだと認識する必要がある。さらに身体を人質に取られた患者・患者家族は一切指摘どころか不快感すら表明できないからだ、と認識すべきだ。

  そういった看護師の同級生と病院の世界の狭い人間関係しか知らない、インターネットも新聞も本も読まないとさらに視野が狭く、世界が極端に低い。

 

  井の中の蛙である。

 

ダニング・クルーガー効果

 社会心理学でダニング・クルーガー効果というのがある。

 

The Dunning–Kruger effect is a cognitive bias manifesting in two principal ways: unskilled individuals tend to suffer from illusory superiority, mistakenly rating their ability much higher than is accurate, while highly skilled individuals tend to rate their ability lower than is accurate.  

Dunning–Kruger effect - Wikipedia, the free encyclopedia

 

 直訳すると、「ダニングクルーガー効果とは、二通りに現れる認知的偏り(自己認識の偏り)のことである。無能な個人は実際の能力よりも間違って高い能力があると勘違いした優越性を感じ、高い能力を持つものは事実よりも低く己の能力を評価しがち」ということ。

 言い換えると「無能な人には己の無能さを認識するに必要な高い知見が欠如しているため、己の無能さを認識することができないので自信過剰になり易い」という事。

 例えばカリフォルニアロールしか食べたことのないアメリカ人が得意顔して寿司を語る場面に何度も遭遇するが、それである。本物の寿司を知らないから、良し悪しも分からないはずなんだけど、伊達にカリフォルニアロールだけは食べた事があるから知ってると思い込み、日本人の前で日本食の素晴らしさをアメリカ人の友人に力説する。こっち笑いを堪えるのに精一杯である。これは愛らしいおバカさんなので微笑ましいのだが…。

 

 1999年、ダニングと教え子のジャスティン・クルーガーは、「能力の低い人は、自分の無能さを認識できず、自己を実際よりも高く評価する(ひいては自信に満ちて見える)」という認知バイアスに関する論文を機関誌「Journal of Personality and Social Psychology」に発表。この認知バイアスは現在「ダニング=クルーガー効果」として知られており、2000年にはイグノーベル賞の心理学賞を受賞した。

 ダニングとクルーガーは、ある特定のスキルに関して、能力のない人は「自らのスキルの欠如」、「他者の本物のスキル」、「自らのスキル不足の程度」が認識できないと主張した。これはある意味当然のことで、例をあげると、自分が文法をどの程度知っているかを認識するには、その文法に精通している必要があり、能力のない人にはそもそもそれができないので、自分の能力も客観的に判断できない。

 しかし、この現象で興味深いのは、能力がないことによって、人はうろたえたり困惑したりするのではなく、むしろ不適当なほどの自信に満ちあふれていることだという。

 ダニングは最終的に、こうした現象は「無知」というよりも、「誤った情報や知識」に起因すると考えるようになったという。では情報過多の現代社会で、ダニング=クルーガー効果のワナに陥らないようにするにはどうすればいいのだろうか。

 ダニングは、ひとつにはつねに自分のなかに「あえて反論するもうひとりの自分」を持つことが有効だと語る。自分がしばしば到達しやすい結論は見当違いではないのか、自分は間違ってはいないかを自問すること。そして「知らない」と認めることは、実は失敗ではなく、成功への道筋かもしれないことを知ることだという。

 

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52191924.html

 

 無能な人ほど己の無能さを認識するに必要な高い知見が欠如しているため、己の無能さを認識することができないので自信過剰に映る。

 

 要するに、馬鹿は馬鹿だから自分が馬鹿だと認識出来なく調子に乗るということである。

 

「パソコン詳しいですか?」

 

工学系「(寄せ集めで自作PC作ったくらいだし…)いえ、そこまでは…」

情報系「(周りの奴のほうが詳しいしな…)まぁ、人並みには…」

DQN「(パソコン?毎日YouTube見てるしな…)あぁ、詳しいっすよ」

 

 

 だから、「物事には背景事情やいろいろな面があり自分の知らないことがある」という謙虚で賢い人が、表っ面しか見れない無能な馬鹿に見下される、という滑稽な構図が出来上がるのだ。これが偉そうな看護師の実態。

 

俺は医療法人への勤務医だが
看護師の世界しか知らないナースって、
世間知らずで、非常識な人間が多いよな。
これは専門卒大卒に限らず両方に当てはまる。
とにかく即物的な女が多くて、表面的な情報にすぐに流されてしまう。
街の中で大量消費したり、ブランド物を買い漁っている看護師も多い。
男漁りも酷い。

 

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/sousai/1339522433/

 

今も昔も看護の世界は「上に言われたことを忠実に正確にこなしなさい」である。そこにはwhyの質問はない。whyがないということは、自分が知らないという事実を自覚する習慣を持てない、ということだ。いわれた通りにやっていれば世界は完結するのだから。しかし、自分の世界が世界のすべてであってはならない。そういう状態を「井の中の蛙」というのではなかろうか。たくさん勉強をするナースであっても、自分の世界観から自由になれなければ、それは単に「でかい井戸の蛙」に過ぎない。
ナースの世界の硬直性、封建制に多くの医者は気づいている。しかし、それを進言し、改善を促す医者は少ない。まあ、医者の世界も問題ありありなので、「人のことがいえた面か」という側面もある。しかし、本当のところは、ナースの世界が治外法権なので「他人が口を出す」のはご法度な空気が醸造されているだけなのである。ここでも、でかい井戸があり、その壁は「進撃の巨人」の舞台よろしく高いのである。(中略)
近年、ユマニチュードのように外からの黒船で既存の常識を揺るがすような動きも起きている。もっとナースも「外の世界」を知るべきだ。外国のようにやれ、と言っているのではない。それはそれで別の行動主義になってしまう。もっと自分の頭で考えるのだ。「なぜ、自分はそのような看護をするのか」、上司がいうからではなく、自分が考え納得するような形で考えるのだ。案外、井戸のなかの常識は考えてみると非常識なことは多いものだ。豊かな感性も、使っていないとすぐに錆び付いてしまうぞ。このままだとあなたの頭も空っぽになっちゃうぞ。ここがロドスだ、変わるなら、今だ。

 

http://georgebest1969.typepad.jp/blog/2014/10/%E9%A0%AD%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%A3%E3%81%BD%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB.html

 

 そして、一般社会での自分の立ち位置を見失う。

 

ナースステーションでは、看護師が患者の悪口をサカナに仕事をしているのをよく見るし、患者に上から目線で汚い言葉を吐く看護師もいて(女性ですよ...)、看護師というのは何と下品な職業のやつらなんだろう、と思ったものだ。

(中略)

日々の単純作業を何年かしていれば業務にも慣れ、それなりにできるようになる。

 たかがそんなことで驕りが生じ、後輩看護師や、動きのノロい(と看護師が感じる)患者に、高飛車に怒鳴るベテラン看護師。

 アホか。

 10年目くらいの看護師に、そういうのが何人かいる。

 そういうバカ女は、入職したばかりでまだ点滴を取る練習すらしていない研修医にも高飛車に怒鳴ってくる。

 僕も、研修医になりたてのころ、そういうバカ女どもから高飛車に怒鳴られたこともあるが、そういうバカ女は、小さな病院で、ただ決まりきった看護師業務を指示通りにテキパキ行えるだけの仕事人間であり、日々変わる患者の病態やさきざきまで考えた治療方針のことなどは頭にないということを知り、ある時期から、お前さんに怒鳴られる筋合いはないんだよ、という表情を浮かべながら仕事をするようにした。

(中略)

僕が入職したてのころ、ベテランおばはん看護師から

 「センセーの奥さんは何してる人?」

 と聞かれたから、

 「主婦ですよ」

 と答えたら、

 「え? 主婦? 主婦って仕事しない人? 仕事しないで何してんの?」

 と、ブルドックのような顔で汚い言葉を返してきた。

 「いや、別に、家事とか趣味とかしてますよ」

 と答えたら、

 「へーーーーーーー。それだけ? ようやるわ」

 と言ってきた。

 このオバハン、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、入職したてのころだったので、僕は笑みを浮かべてそのオバハン看護師の前から去った。

 この後、看護師の中には、何か勘違いしながら生きている人が少なくないと知っていくことになる

 一方で、患者に怒鳴る看護師のいない病院もあることを知った。

 患者に丁寧に接する看護師がたくさんいる病院があることも知った。

 医療の質の高い、いくつかの3次救急病院で研修した際には、上品な看護師に何人も出会えたし、廊下で看護師が患者に怒鳴っているところなど見たこともなかった。

 病院とは、こうであってほしいと思う。

 

怒鳴る看護師、怒鳴らない看護師

 

 

 こういった看護師は色々な意味で勘違いしていて、本当に多いので、どこから突っ込みを入れたら良いのか…

 

 139:白衣の天使は実は名無しです

看護師だからってわけやないかもやけどまわりにいる看護師の人はやたら自分の仕事がどの仕事より大変アピールや、仕事の面だけではなく自分一番って態度が伝わってくる。

210:白衣の天使は実は名無しです
飲み会で仕事の話したがるね(笑)
いろんな職種の友達で集まった時、「みんなは知らないでしょ?」的なトークしてたわ

26:白衣の天使は実は名無しです
高給だとか色々と同窓会で自慢してたな。
私東京でOLやってて年収も福利厚生も上だけど、その子は看護師が一番凄いと思ってる子だから黙って聞いてる。

47:白衣の天使は実は名無しです
私も看護師きらい。なんでも知ってますみたいな態度するけど傲慢なバカ女にしか見えない。勘違いしてる。

51:白衣の天使は実は名無しです
看護師のウザさは半端ない。同窓会でもずっと看護師ネタ。
みんな大卒で一般企業勤務で、就活通していろんな業界も見たし大学で教養もつけたから看護師の専門知識しかない病院しか知らないトークにうんざり。
自慢のレベルも低い。

28:白衣の天使は実は名無しです
同窓会のカラオケで誰も頼んでないのに現役ナースがナース服に聴診器ぶらさげて椎名林檎の歌を熱唱した時、寒すぎて次の曲だれも予約する気になれなかったよ…

142:白衣の天使は実は名無しです
あたしの友達、看護師として働きだしてからお金の話しかしなくなった。すごく不愉快。

242:白衣の天使は実は名無しです
看護師をナースって呼ぶ男も女もたいていがエロい想像してるよ。
合コンで看護師してますって言ったらナースかぁとか言われたり。
女から看護師でなく、ナースなの。と言ったら男の気を引きたい安い女だね。

464:白衣の天使は実は名無しです
モテる職業の看護師です、国家資格もってますアピールが強い人が嫌。
ただ看護の知識を詰め込んだだけなのに頭イイって勘違いも勘弁してほしい。

151:白衣の天使は実は名無しです
知り合いの看護婦は看護婦って職業が日本一素晴らしいって感じでウザい。
何かと「看護婦は国家試験クリアした教養ある人達だから~」っていう。

 

過度な看護師アピールは反感を持たれるので気をつけよう

 

 

同級生が看護婦になって物凄く嫌な女になった。
人を見下すようになってた。
自覚はなく寧ろ、しっかりした人間になったと思い込んでる。
看護婦制度というのか、看護婦の世界を根元から改善させないといけないと思う。
--
女は感情的&優越感に浸りたい生き物、忙しいなりにもそれなりの給与手にしたら他人を見下すのは当たり前。まして底辺育ちなら尚更。
謙虚さがない辺り、浅学さが滲み出てるのが痛いほど分かるよね。
--
看護師の友達は夜勤の暇な時間に男性の看護師とセックスしてた。
しかも相手は既婚。
理由を聞いたら、夜勤は暇だから~って。
暇だから男とするのか?!理解できない。
--
私は総合病院でMTをしています。
多くの看護師、看護学生を見ていますが、育ちが悪いと思える子が非常に多く、
看護自体にまったく関心がないように思えます。
むしろお金とかブランド物により執着しているように思えるのです。
他の人に感情移入すること、学習能力や判断力においてもかなり問題があります。
私の周囲の者の意見も総じて同様です。
性関係についても、ほぼこのスレに書かれている通りの有様です。


http://archive.2ch-ranking.net/sousai/1381145582.html

 

やっぱりさ、馬鹿なんだよ、ナースは。

大病院だとありがちな事なんだけどさ、病棟勤務のナースはみんなどんどん性格が荒んでいくし、
外科勤務はみんなどんどん気が強くなっていく。

だからね、受け付け案内とかのボランティアをやりに来て下さってるボランティアさんにまで
異常な姿勢で当たり散らしたり、見下したりアゴで使ったり、ぞんざいな姿勢で接してるよ。
病院の業務を全くの無償で手伝って下さっているボランティアさんに対してだよ。
で、ナースがつらく当たってる事を医師が代わりに頭を下げて謝ってるんだよ、ボランティアさんに。

一方でさ、精神科なんか行くとさ、
精神科の重鎮の医師が患者さんにひたすらやさしくすることを義務付けてるような医師だとね、
精神科のナースはさ、病院の出入り業者に対してだけでなく、押し売りのセールスマンにまで
やさしくなっちゃうんだよね。
単に仕事で来てるだけの下請けの出入り業者も、業務の邪魔で迷惑なだけのセールスマンも、
みんな可哀そうな同情するべき患者さんになってるんだよ。馬鹿だから。

当たり前だけど、女医はもちろんこうはならない。
精神科の女医は患者さんにはとってもやさしいけど、下請け業者には別にやさしくもない姿勢で
外注している業者からの立場で接するし、セールスマンには毅然とした態度で
「お断りします。」「お引き取り下さい。」と撥ね退ける。

外科の女医も研修医には凄く厳しいけど、ボランティアさんにはいつも頭を下げている。
もちろん下請け業者には、クライアントの立場で接する。
これもナースみたいに感情的にヒステリックに当たる姿勢ではなく、淡々とした業務上の姿勢だ。

でもナースはこういうのが全然ない。出来ない。みんな同じになっちゃう。馬鹿だから。

 

http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/sousai/1426578566/102

 

 
<2014年03月28日 受信>
件名:無題
投稿者:匿名
私の看護の学校も、「看護師であるというのは、素晴らしいこと。尊敬されることです。プライドを持ちましょう。」みたいな教育だったので、働き始めてから、社会的地位の低さにはビックリしました。でも、社会的地位が低いのは、そもそも看護師の日頃の行いのせいなんだと思うんですよ。とんでもなく性格の悪い人がいたり、バカとまでは言いませんがあまりにも品のないような方がいたり…。主さんも、長年看護師をしてきたのなら、看護師の現実を知っているでしょう?世の中も、見ているのですよ。国の偉い方々も、本当に賢い方は見抜いているわけですよ。

どんなに、看護協会が看護師の地位の向上を目指しても、国が大学教育を進めても、現実の看護師の姿を患者さまを筆頭に世の中の人が見て、判断されます。その判断が正しいこともありますし、間違ってることもありますが。

そして、地位のいかんにか関わらず、ご自身の中で、これが人として正しい道、と思われることをするのが一番だと思うのは私だけでしょうか?どんなに偉い医師でも、「あの人は…」と周囲から言われてる人はいますし、逆に、看護助手さんでも、まともなことを話してる人は沢山います。この人は助手さんなのに、しっかりしてるなぁと思えば、尊敬することもあります。 主さんも、看護師であろうとなかろうと、自分で、これが納得できる行いだと思えることを積み重ねていけば、見てる方は見てると思います。

ちなみに、うちの夫は、社会的地位としてはとても高い仕事をしています。普段の行いも、正しすぎて、人間として滑稽だと思えるほどです。やはり、周囲から尊敬もされています。しかし、同じ職場で働いてる方でも、日頃の行いや、仕事の出来によっては、しょうもない人だと思われてる同僚もいます。夫は、正直、看護師を尊敬してません。特殊な集団としか思えないようです。でも、そういう集団に属している私のことも、日々の行い等を見て「こういう所はバカだけど、こういう所は得意なのだね」と認めてくれます。

私の場合は、漠然とした社会的地位よりも、私個人として持ってる長所や、良い行いを誉められたり、認めてもらえた時の方が嬉しいし、それで満足しています。主さんが、社会的地位の低さにそこまで不満を持つ理由がわかりません。
 

 

確かに昔よりは一般家庭の子が看護師になりたがってるのは増えたとは思うけど

でもそれは看護師の地位向上のための動きのステマっぽいものだと思ってるw

メディアなんかを通して、看護師は「素晴らしい仕事で人から感謝されて

なくてはならない存在で、、」っていうのをアピールして、終いには他の職業を貶めるような看護師まで出て来る始末

完全にやりすぎ

言いたい事は分かるんだけど、そういう「美化」された部分しか大々的に流さないから、実際に夢を持って看護師になった子は現場の看護師の性格の悪さキツさイジメなんかを目の当たりにして辞める子多いしね

んで「忙しい」が口癖で世界で一番辛いのは私とは言いたい風w

その仕事選んだのはあんたたちだし、っていうか私たち医者の方があんたらより忙しいわwww

そういう人がなりたがる職業でもあるんだろうけど

一般人が思ってるより看護師はホントに馬鹿のくせに偉そうで、守秘義務も守れない常識ない人多いよ

それに、医者と張り合う看護師なんてちゃんちゃら可笑しい

役割が違うし、修了するための単位も難易度も遥かに差がある

でもそれを認めたくなくて、次は「家柄が」「育ちが」「医者だって馬鹿だし」「私立医のくせに」とか

もうお笑いよ

そう言う割には医者との不倫は当たり前みたいな看護師も居るし、デキ婚狙いもたくさん居るw

男医師には媚売りまくって、女医や他の女性職員には冷たく当たり散らしたり馬鹿丸出しw

 

http://archive.2ch-ranking.net/archive_i.php?board=sousai&time=1331594347

 

ホントに世間知らずな看護師、カモとなる

 世間知らず、常識知らずで言うと、看護師は一番の投資・婚活詐欺のカモ、ホストの一番のカモ、ネズミ講まがいのマルチ(ちょっと前だとアムウェイとか)商法のカモでも有名なのだ。

 

 MixiなどのSNSで誘い、デートを繰り返すことで恋愛感情を抱かせ、100万円の高額商品を購入させる。古めかしい響きがする「デート商法」で20代の若者に高額な投資ソフトを販売し、9億円以上を荒稼ぎしていたソフトウエア販売会社「WAO」(大阪市西区)社長、片和男容疑者(33)ら15人が大阪府警に詐欺容疑で逮捕された。だまし役はみんな美男美女。中には肉体関係まで結び、“カモ”を落とす者も。一方、被害者で目立ったのは20代の看護師という。

 

肉体関係ありの「デート商法」 最大の“カモ”は20代看護師たち:イザ!

 

「実は貢いでしまう女性に多い職業の3位は、この医療関係者になります。女医さんはもちろんですが、看護師さんも実はホストクラブの上客です

 

http://www.men-joy.jp/archives/55285

 

 あと一番は、ナンパと出会い系サイトで引っかけるのが一番簡単なのが看護師と言われている。

 

看護婦って「男とヤリまくるのがいい女」「すぐにヤラせるのが結婚への近道」と思ってるんだね。
育ちが同じ土木作業員や鳶職や塗装工と結婚するにはそれが正しいんだろうけど。

 

看護師は驚くほど視野が狭い。視野の範囲が病院内、ナースステーション内しかない。
だから、お見合いパーティーや夜な夜な街に出没してナンパされて股を開く看護師
普通の会社員、ましてやエリート層とは絶対に話が合わない

 

 だから、身の回りの女はすべて自分の女としての存在を脅かす敵、となる。

 勘違いしている世間知らずの偉そうな看護師をおだててお世辞とお追従を言ってカモるのは簡単だと思われてしまうのだ。

 

俺も看護師だけど、
たしかに、このスレのような女の人はいる。
全員が全員じゃないけれど、有名病院や大規模病院ほどプライドが
高くて、負けん気が強く、早くに主任職以上にまで出世した30歳前後~
の独身の女看護師とかが完全にスレの通りだな。

むしろ、名前のない中規模程度の病院のほうが
ふつうの人格の女看護師多いし、そのほうが確実に働きやすい。

看護師が人格おかしいのは、一般社会に出ないから
物流や商業的な仕組みに関心がないままに、そこそこの給料もらって
消費できるからだと思う。
だから、住宅屋や韓流、訪問販売や自動車メーカーに異常なまでに
騙されやすい人が多い。

 

ーーーー

看護師って何故か看護師という職業に変なプライド持ってる人が多いけど
いちいちくだらない理由で派閥作ったり、人(患者)の噂話で盛り上がったり、
正直そこらのスーパーのレジ打ちおばちゃん以下のレベルのことしてて笑えるw

じゃあ患者に対して丁寧な対応するか?というとそうでもない
患者は病気や怪我や薬のことが心配だから聴いてるのに
肝心の看護師はそういう話を何回もやってるからか、「うざー」という表情がモロに出てたりね
下手するとスーパーのおばちゃんの方が丁寧な対応してる

あと素直に謝罪できない人多いよね
患者に対してもそうだし
仕事以外でもプライベートでもそうだけどw
でも医師に対しては超従順ww
ここ読んでても思うけど、本当に権力に弱いよね
自分より強い者にはペコペコして、勝手に弱い者認定した人には見下した態度

ーーー

私は人を悪くいうの大嫌いだから本当はこんなこと言いたくないけど看護婦の人間性だけ認められないわ。
たまにまともな人いるくらいでハートが腐ってるえげつない人が多過ぎると思う。
家のお婆ちゃんも看護婦に暴言吐かれて泣いてた。同じことするにも扱いが雑だってよくいってた。
ヘルパーさんは仕事もテキパキしてるし優しいんだって。

 

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/sousai/1374238222/

 

 これもヘルパーさんのほうが、(おそらく近所の子持ち奥さんのパート)常識をわきまえている人間味のある人たちが多い。 

 

出入り業者の接待

 

葬儀業界では「現場の看護師に嫌われたら仕事にならない」と言われています。病院指定の葬儀業者は看護師のご機嫌を取るために苦労しているようです。それでも看護師に取り入ろうとするのは、それだけのメリットがあるからでしょう。

葬儀業者は遺体が出た時、遺族に葬儀は当方で...と当然口説きにかかります。その時、看護師の口添えがあれば決定的になります。看護師は長期間故人を看護した人物であり、遺族からの信頼も厚い。その看護師がこちらの業者さんは安心ですよと言えば、断る遺族は少ないからです。

看護師は職務上、患者の家族構成や年齢、職業といった個人情報を把握しています。見舞客の質や人数などから患者の社会的地位、経済状況まで知り得るわけです。さらに看護師は主治医からの指示やカルテ、投薬内容の推移などで患者の余命をある程度予測する事が可能です。これらは葬儀業者にとって、喉から手が出るほど欲しい情報でしょう。

他にも死亡診断書を何通請求したか、という事も知る事が出来ます。死亡診断書は火葬や除籍に必要になるだけでなく、生命保険の支払い請求にも必要になります。つまり、請求数でおおよそ生命保険の加入数が分かるのです。それが分かれば支払われる保険料もある程度は予測がつき、どれ位まで遺族が出せるかという目安に活用出来るのです。

これだけ旨味がある存在ですから、葬儀業者は必死に取り入るわけです。問題の相談に乗ったり、合コン費用をもったり。主任以上の看護師、病棟の婦長や病院の総婦長などになると、ショーパブやホストクラブでの接待、ゴルフ、飲み会、海外旅行、ブランド品など色々な営業費用を業者が負担していると言われます。中には営業マンにホストのようなイケメン揃える業者も存在します。有力な看護師と男女の仲なれば、わざわざ金銭での接待攻勢を行う必要がないのだとか。

 

病院と葬儀業者の黒い関係 - 日本人の人生で大切な事

 

 まぁ、大手の葬儀屋さんやMRさんから直接裏事情のぶっちゃけ話を聞くとまぁ露骨ですわ。

 

理由 3 他職種を見下す幼稚な醜さ

 

「看護師だから偉い!」

勘違いしているナースは多いように感じます。

特に近年、介護と看護の関わりが密接になってきています。

介護を見下すナースはとても多いです。

看護は綺麗な事をやって、
汚物処理等の汚い処理を介護に託すという考えがそれです。
そのような考えを持った勘違い看護師は、とても多いです。

誇り高いといえばそれまでですが、
ちょっと道を反れた考えを持った看護師は健在です。

飲み会の場でも、
やたらと医療用語を連発し、あたかも医療系の仕事をしている事をアピールする看護師。

職場でもケアワーカーに、医療用語を連発し、
理解不能な言語で申し送りをして、勝ち誇っている表情を浮かべ、自己陶酔に浸る看護師。

看護師だからといって何も偉くもなく、
普通のサラリーマンなんですよ
、と教えたくなります。

しかも、そういうブイブイ言わせる看護師は、使えない事が多いのが共通項。

医療ミスとはいわないまでも、
ケアレスミスが多く、誰も反論が出来ないものだから、
そのまま鼻高々に仕事を今もしております。

しかし、
手のひらを返したように、ドクターが来るとおべっかを使い、普段行わないお茶出しまでする始末。

正直一緒に働く看護師は疲れます。

良く言えば、とても高いプライドを持って業務にあたっているのだな、
ともいえるのですが、明らかに人を見下す態度をとられると閉口してしまいます。


看護師のいったいなにが偉いのか?
未だに理解の出来ない疑問なのでした。

 

【要注意】こんな看護師は距離をおいた方ベター!?看護師という職業を鼻にかける人は危険! | 魅力的な人間になる方法| 幸せな生活を送る必要事項はコレ

 

病棟で聞くといやーな気分になること。

看護婦長さんがクラークさんに
「これやっておいてちょうだい」とか
年老いた掃除のおじさん、おばさんに
「ここを掃除してちょうだい」と
召使いに言うように用事をいいつけること。

医者が看護婦さんや年上の放射線技師さんに
頭ごなしに命令口調で威張り散らすこと。

確かに組織には命令系統というのが存在し、
ある立場の人間が誰かになにかを
オーダーするという仕組みなのは確かである。
だからといって、礼を失していいとは思わない。
へりくだる必要はないが、
同じ事を頼むのでも最小限の敬語で言ってもいいわけである。
本気で自分は何か違うと思っているのだろうか?

指令系統はともかく、
掃除のおじさんたちやクラークさんを雇っているのは
威張り散らしている彼らではない。
同じように同じ病院に雇われている身で、
職種も異なるから各々のスペシャルティがあるのに
それを無視してあたかも主従関係であるように振る舞うのは見苦しい。
(職種が同じ場合は上下がはっきりしているので別問題)
人前でそういう言い方をすることで
上下を明らかにしようとしているようで
なんだかさもしい自己顕示欲を感じてしまう。

仕事に熱心で良い婦長さん(最近は看護師長っていうけど)でも
先輩思いのレジデントでも
縁の下の力持ちに威張る姿をみるとそういう人間性に幻滅しちゃう。

仕事の前に、人間であるわけだから、血迷わないでいたい。

 

わたしが苦手な階級主義 : ある脳神経外科医の毎日 

 

オムツを着用している患者さんが尿漏れして、シーツも着衣も汚れてしまったとします。
こんな時助手さん(ワーカー)に、
「交換しておいて。」、
と自分が発見したにも関わらず指示を出します。
他にも、自分のミスで病衣を汚してしまった時も、
助手さん(ワーカー)病衣変えておいて、と超上から目線での指示。
看護師って何様?と看護師ながら思う時代がありました。
准看護士にしても看護助手にしても、その名称だけでやたらと下に見る、
まるで看護師の僕のごとく捉えている看護師が少なくありません。
これは、現在でも変わらない傾向にあります。
看護師ってそんなにえらいのかな?とふと考えさせられます。
特に腹が立つのが、指示だけ出しておいて、
指示を出した当人はナースステーションで寛いでいるパターン。
このナースは、わたくしの同僚であったので、注意をしましたが正直わかっていないようでした。
人はこのような名称、肩書きを重視する傾向が多々あります。 
ならば差別が起きないよう、名称にも気を使ってほしいと思うのでした。

 

 http://nurse01.com/%E6%82%A9%E3%81%BF/%E3%80%90%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E3%80%91%E7%9C%8B%E8%AD%B7%E5%B8%AB%E3%81%A8%E7%9C%8B%E8%AD%B7%E5%8A%A9%E6%89%8B%E3%81%AE%E5%8A%9B%E9%96%A2%E4%BF%82%EF%BC%81%E4%B8%8A%E3%81%8B%E3%82%89%E7%9B%AE%E7%B7%9A/

 

自分が社長で人を雇って居る訳でもないのに何様ですかと。

 

現役看護師さんがハッキリと仰ってましたよ。
「タメ口がいやなら、差額ベッド代を払って、しかるべき個室に入れ」と。
基本、医療従事者は患者を見下しているらしいのですが、
それなりの富裕層、権力者に対しては、一切そのような
タメ口はきかないそうです。
ものすごい本音を聞けた気がして、ある意味すっきりしましたけど

 

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/0630/248778.htm

 

 色々あるが、一つだけ言うとすると、人を見下す人は卑しい人間である。

 自分が醜い醜悪な人間になっているにも関わらず、自分は偉いんだと悦に入っている。

 同じ患者の健康と回復のために働くもの同士で、介護職より、看護職の方が偉いとか下らん大アホな勘違いをした馬鹿な看護師には付ける薬は無い、人と共に働いてお金を貰う資格は無い、仕事をする資格すら無い。周りに悪影響しかない。そんな看護師は今すぐ考えを改めるべきだ。

 

 この種のことを「自分の仕事ではないから」といって、患者のために行うことを拒否するような看護師がいれば、看護はその人の天職ではないと言いたい。私はある外科の看護師長が床を這いまわって磨き洗いをしているのを見たことがあるが、その理由はこのままではとても患者を受け入れるわけにはいかないから、というものだった。(中略)まず患者のために何をなすべきかを第一に考え、自分の役割は何かを常に考えている。この看護師長たちこそ真に天職としての看護師であった。


フローレンス・ナイチンゲール 〜「看護覚え書き」 1章 「換気と保温」

 

確かに、他人の使用人を「顎で使う」など看護師のすべきことではない。

 

フローレンス・ナイチンゲール 〜「看護覚え書き」 3章 「小管理」

 

  そして、それは組織としても動かなくなるし、最後は患者が不利益を被る。このような環境で働いていれば、本当に人を上か下かでしか見れなくなる。肩書がすべてで人の人格を無視してしまう。人間性が軽視されるのだ。

 患者にとってみれば、世話をしてもらう上で同じなのだ。患者中心ではなく、自己中心の極みだろう。

 

 実際、このブログの検索キーワードに「介護の癖に看護師に偉そうにモノをいう人」、「助手のクセに偉そうに物を言う」といった言葉が出てくるたびに、看護師の醜い分部を感じて反吐が出る。

 

 というか、やはり看護師は、

演技性パーソナリティ障害(えんぎせいパーソナリティしょうがい、英語: Histrionic personality disorder, HPD)または演技性人格障害は、演劇的あるいは性的誘惑による行動によって、自己に過剰に注目を引こうとする行動様式のために、対人関係が不安定になるといった機能的な障害を伴った状態である[1]。過剰に誇張された感情表出も特徴である[1]。

 

自己愛性パーソナリティ障害の症状
人より優れていると信じている
権力、成功、自己の魅力について空想を巡らす
業績や才能を誇張する
絶え間ない賛美と称賛を期待する
自分は特別であると信じており、その信念に従って行動する
人の感情や感覚を認識しそこなう
人が自分のアイデアや計画に従うことを期待する
人を利用する
劣っていると感じた人々に高慢な態度をとる
嫉妬されていると思い込む
他人を嫉妬する
多くの人間関係においてトラブルが見られる
非現実的な目標を定める
容易に傷つき、拒否されたと感じる
脆く崩れやすい自尊心を抱えている
感傷的にならず、冷淡な人物であるように見える

の気があるひと多いのではないか。

安易に病人扱いするのは嫌いだが...

 

 

言葉が人を作る

 常に人や患者を「評価(アセスメント)」する立場に居ると自分が上の立場の人間になったと勘違いしてしまうのだ。その立場を自覚している看護師は少ない。わざわざアセスメントとカタカナ英語を使うのも、人様を評価査定するなんぞさすがに露骨すぎて使えなかったのだろう。

 

 言葉狩りをするわけではないが、やはり言葉は大事なものであり、「言葉」というものは、言葉を発した者の思考となり、思考は性格となり、性格は態度となって表に現れ、態度は鏡に写った自分のように相手から返ってくるものだ。


 日本でも昔から「言霊」と言われてきた。

 

  恐ろしい事に、単なる言葉のチョイスの仕方で一つで無意識のうちに上から目線の人格が形成されてしまう。本人の立場や能力や実力に関わらず。

 看護師達は慣れてしまって何の違和感も感じなく使っているが、看護師の同僚や、患者や他人に対してまでも、「(患者・後輩)指導」するとか、「(スタッフに)指示」、「(一般人を)教育」と何かと上から目線の表現が多い。

現実に「看護師が教える***」みたいな枕言葉は多く、看護師も言葉を良く使う。

 同じ事をするにしても、看護師以外の人たちは、「(良い事だから)共有」「案内」「説明」「育てる」と言った表現を選ぶ。本当に偉い国宝級の人でも。

 研究者の世界やウェブの技術の世界では極々基本の事だが、文化として誰しもが自らが学んだ独自の知識や発見、経験やノウハウ、珍しい技術情報をシェア(共有)する喜びを互いに持っている。IT技術者は誰も指導しないし、されない。自ら調べて学び研さんを積む。

 

・教師は生徒を指導しても、先輩学生は下級生を指導はしない。教師が教育するのはそれが仕事で生徒は学ぶのが仕事だからだ。

・弁護士は依頼人に対して相談を受け、提案をし、説明し、手続きを踏むが、指導はしない。

・看守が収監者に対して指示するのは、罪を犯したので罰を受けているからだ。

 

 しかし、看護師が患者に「指導」や「指示」するのはおかしい。

 

・看護師が「指示」できる相手は、直属の部下であって患者ではない。それも業務についてのみだ。

 看護師が「指導」できるのは、看護の知識と技術を学びたい、とその看護師に直接申し出た者か、看護教員がその生徒に対してだけではないだろうか。医療のことなら学者か医者に聞く。看護師が医学を教えるのは違法なはずだ。


 看護師が、人に上から目線で人に説教やら指導する、講釈を垂れる、ということを正当化できる理由は一つもない

 

 病人は半人間でも未成年でも罪人でもない。看護師だっていずれ自分も歳を取るし病気もするのだから。

 

 

理由 4 医者と対等気分

 

「お前、何様だ?ってヤツ、多数います。何なんでしょうね?きっと医師がそんな感じだから自分等も同じ土俵に立ったつもりになるんでしょうね

 

看護師は社会的地位も高くないし、全然偉くないのにどうして、偉そう... - Yahoo!知恵袋

  

http://blogos.com/article/89853/


以前にもいったかも知れないが、医師なんて医療業界という狭い世界で生きており、世間知らずが本当に多い。(初対面でタメ口など) 

もうね、傲慢な医者すごく嫌いなんですよ。世間知らずで態度悪いし。表面上の事しか分からず、教科書的な話で終わらす医師も同じ。こういうのが最近、目につく事が多かった。(行っている総合病院に問題があるだけかも知れないが)

 

 “どうして医者っていうものは、こうも"上から目線"なんだろう?。”

 患者は弱者、
 すなわち救ってやらなければならない哀れな者たち、
 無知なる者、
 誤りの中にさまよう者。
そうした見下しを、医師の言葉や態度に、感じることはないだろうか?。
私は、よくある。

医師は患者を「なんとかしてやろう」とする。
それは立派な志。
でも、どうして「なんとかしてあげたい」や「しよう」ではなくて、「してやろう」なのだろう?。

上から目線である。

果たして、医師は患者にとって目上の者か?。
患者は医師の目下に位置するのだろうか。

医師は、健康と病気の専門家だ。
だから、それらについてよく知っているとされている。
その知識をもって、患者を指導する。
患者の認識が誤っているのなら、それを指摘する。

それは医者の仕事。当然の役割だ。

だけど、「指導的立場」とは、「上の立場」すなわち目上ということか?。

指導する人は、先生。
世に先生と言われる職業と言えば、医師、教師、そして弁護士。

教師の場合、生徒が若年であれば、年齢的、人格的に目上になるだろう。
しかし弁護士なら、専門的知識の提供を受けるという契約の対象であって、目上ではない、という考えも自然である。
医師も、病気の予防・診断・治療という専門的技能の提供の契約と考えれば、必ずしも目上の存在ではない。

しかし現実には、ふつう医師は目上としての扱いを受ける。

患者や医師周囲の職員が、医師の専門的有能さを尊敬することで、自然発生的に自分より上の立場の者として認識するならいい。
それは自然なことだ。

だけど患者と医師の間には、それとは別の事情がある。

本質的に患者は医師に対して立場が弱い。
医師は患者の体をいじることを許されている。
その医師次第で自分の体の未来が180°変わり得る時に、患者が医師に対して強い態度に出ることなど、そうそうできるものではない。

すると医師は患者に対して、支配的な立場に立つ。
患者は、医師の意向に従属する立場になる。
指示に素直に従うか、聞いたふりして無視するか、別の医師を見つけるか、さもなくば医治を受けることをあきらめるか。
そのどれかしか、選択肢はないのだから。

「尊敬に値する者」としての、上の立場。
「支配する者」としての、上の立場。
この2つは全く違うけれど、医師にとっては、実は非常に混同し易いものなのかもしれない。

例えば、こんなふうに。

有能である
→知識や技能が優れている
→自負を持つ
→自分にかかれば患者はより良く救われると思う
→より多くの患者にそれを施したいと思う
→より多くの患者が自分の言うことを聞くべきだと思う
→みなが自分に従うべきだと思う。

・・という図式。
あるいは、

自分は患者より良くものを知っている
→患者は感嘆して話を聞く
→さらに指導して下さいと言う
→私は指導し、患者はそれに従う
→それがあるべき形。

・・という図式。
いかにもありそうではないか?。

医師の自負が生む、支配的思考。
「私が正しい、患者は私の言うことを聞け。」という思考。
それが私には、鼻持ちならない。

医師は確かに、より良く知っている。
しかし全てを知っているわけではない。
なぜもっと謙虚になれないのか。

医師が患者に指示を与える時。
その医師の挙動を患者から見ると、医師自身はもしこの病気に自分がなった場合、到底その指示の内容を実行するとは思えない。
そんな医師に、私は大変違和感を覚える。

患者の苦渋は所詮他人事なのであろう。
他人に命令するのは簡単だ。
しかし自分で実行することは、とても難しい。
そのギャップに医師が気付かない限り、患者との温度差は埋まらない。

患者は、その難しい努力をしている者だ。
敬意を払われこそすれ、軽んじられるべき対象ではない。

上から見る者と、下に見られる者。
下にいる者は、プライドが傷付けられるから、そのことの不合理にすぐ気付く。
しかし上にいる者は、気付きにくい。
上にいることは、快適だから。

上から目線に、くじけるな患者よ。

 

医者の、上から目線

 

 現代において、多くの人がそれぞれの専門性をもって仕事をしているなかで、特に先生と言われるからには、その専門知識を惜しみなく伝えることがそもそもの役割、仕事だろう。

 

だから当然、知識をもつ側の人は、そこで「勉強しない人が悪い」と思ったり、「知識がないからバカにされて当然」と言った態度であってはならないだろう。

 

ピーター・ドラッカーは「プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか」で、「知識ある人の責任」について、こう述べている。

知識ある者は、常に理解されるように努力する責任がある。素人は専門家を理解するために努力すべきであるとしたり、専門家はごく少数の専門家仲間と話ができれば十分であるなどとするのは、野卑な傲慢である

大学や研究所の内部においてさえ、残念ながら今日珍しくなくなってきているそのような風潮は、彼ら専門家自信を無益な存在とし、彼らの知識を学識から卑しむべき衒学に貶めるものである。

 http://blog.tinect.jp/?p=35827

 

 にも拘わらず、自分は偉いのだ、先生なのだ、だから黙って言う通りにしろ、という上から目線は出来そこないのバカ医者クズレだと言い切っても良いだろう。

 単なる自己の顕示欲とも言える。つい最近でも群馬大学医学部附属病院の事件などもそうだ。

失敗しても開き直る。死亡した患者がいるのに同じ手術ミスを繰り返す。下手なのに態度だけはデカい—そんな医者はあなたの周りにもいる。

 

急増中!エラそうだけど、下手な医者「私、失敗しますので」 患者が次々と死亡する群馬大病院「ドクターX」はいなかった | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

 

そういうのを典型的な別項でもふれる、パターナリズムである。

 

 先日、病院にカテーテルを納入している業者の営業さんと話していたらこんなことを言われた。

 営業さん「ストレートで医学部に入ってそのまま医者になる子達って、本当に天狗になっちゃいますよね。卒後すぐに周りから“先生、先生”って祀り上げられるようになって……。僕たち、業者の人間が接待してきたのも悪いんですが。今は禁止になっちゃいましたけどね、昔は、本当に接待がすごかったですから。1年目のときは何もできなくて謙虚だった先生も、3、4年して久しぶりに会ったら、すごく上から話してくるようになっちゃって。僕よりずっと年下なのに、びっくりしますよ。そういうのって、ちょっと悲しいですね」

僕「本当に、医者の世界って特殊だと思います。とにかく若いうちからヨイショされる環境にい続けられるので、舞い上がっちゃう医者って多いと思います」  

優しさ、謙虚さなど、臨床の医者にとっては最も大事な性格特性を試される場すらなく、ひたすら偏差値の高い者だけが医学部に入り、医者になっていった。

 そうした若者たちが白衣を着て「お医者様」と呼ばれ、多くの人生経験を積んでいる老人患者たちに、「生活習慣を変えなさい」とか「歳をとれば誰だって体の具合は悪くなるんだよ」などとわかったような顔でほざいている。これが日本の医療の現状であり、実のところ、私もこんなふうにして医者としての生活を始めた。

(『医者という仕事』南木佳士 より)

 

危うき若き医者

http://www.babajiro.com/babajiro/nikki/20120929isha/isha.htm

 

>なぜ医師は患者にタメ口をきく人が多いのでしょう?

まず第一に患者がへりくだるからです。
立場から見れば、疾病で困っているから治してもらいたい方と、治してあげる方で優劣がついてしまいます。そうした職場で長く働き続けるうちに、だんだんと身についてしまうものと思います。

次に医師は専門的な学問を極めたという自負があるのです。
社会的な身分も高く、人から尊敬される職業なのだという意識を持っているからです。

また、学生時代から医師になるまで社会勉強を積むゆとりがなく、世間知らずな人が多いのです。

付け加えると、タメ口をきいても誰も反発せず、患者も看護師も出入りの業者全員が従順であることで、増長しているからでもあります。

医者の高慢な態度も好きではありませんが、私の場合、若い看護婦の馴れ馴れしい態度の方がもっと嫌いですね。
入院先にお見舞いに行ったときに良く見かけますが、年長者に向かっての恥知らずなタメ口をきく若い看護婦。許されるのなら呼びつけてどやしつけたい衝動にかられることもあります。

もちろん医師と呼ばれる人の中には人格者も大勢いますし、常識をわきまえた方も多いのは分かっていますが、応対されて腹の立つ医者や看護師も多いですよね。

 

私がその先生をスゴイ、カッコいいと思ったのは、自分が何について知っていて、何についてはまだ知らないのか、その見極めが自分の中で明確になっていることです。

だから優秀な人間ほど、何かについて知れば知るほど、自分の知識がまだ不十分であることを自覚でき、謙虚にもなれるのです。その後も、いろいろな医者を観察していると、ベテランで腕に自信があり、知識も深い医者ほど、知らないことは正直に知らないと言い、患者さんの前であっても医学書で確認するようなことを厭わないことがわかってきました。

ただ、そうすることで、「大丈夫かな」と不安になる患者さんがいるのも事実です。

そこで私の場合は、あらぬ誤解を与えないためにも、なるべく患者さんの目の前で医学書を開くことは避けるようにしています。

ただし、めずらしい病気の場合などには、あえて目の前で調べ、それを患者さんにもみてもらう方法を取ることがあります。
「本のここにも書いてあるとおり、これはとてもまれなケースです。少し解釈を加えながら、説明してみましょうか」などと専門書を見てもらいながら説明を加え、必要ならコピーも渡して、患者さんに病気に関する理解を深めてもらい、安心してもらうよりどころにもしています。


どんな分野であっても、知識というものには逆説的なところがあって、何かについて詳しく知れば知るほど自分の知識の不十分さを痛感するものです。

その「無知」に対する自覚と、だからもっと勉強しなくてはいけないという熱心さ。それが一流の条件でもあり「私は何でも知っている、もう知らないことはない」などといばっているような人間には、それ以上の成長など望めないものです。

医者も同じで、すぐれた技量の持ち主ほど、わからないことはわからないと言える素直さや謙虚さと同時に、知識の不足を埋めようとする勉強意欲も高いものです。

そういう医者は当然のことながら、患者さんにとってもよい医者なのです。


上手な医者のかかりかた
著者: 楊浩勇

 

男性医師でこういうのを好んでする人も多い。
この場合、彼らが付き合うタイプの患者は限られる。
裕福な人、なんらかの便宜を供与してくる人、芸能人である。
間違ってもその他の人々に院外でまで関わることはない。
あまり露骨で打算的な振舞いは周囲を当惑させる。
一緒に食事、または飲みに行って会計を持ってもらったり、
子供の受験の世話をしてもらったり、
交通事故をもみ消してもらったり(昔の話)、
ゴルフや旅行や釣りに行って楽しませてもらったり、
風俗店で楽しませてもらったり、
芸能人女性と付き合ったり、飲みに行ったり、遊んだり。
その見返りだかわからんが、
彼らからの頼みごとを万難を排して、遂行しちゃうわけである。
とばっちりが部下にまで及んで迷惑なことがよくある。
彼らの予定に合わせるために、
なぜか他の患者の予定を変更させられたり。
時間外にやってきた軽症の彼らに対応させられたり。
刹那の楽しみもいいが、まるで御用聞きである。
まあ、芸能人や格闘技の世界で顔と名前を売ったりすると
いろいろ宣伝にもなって仕事が舞い込んできているようだが。

 

患者さんとのつきあい : ある脳神経外科医の毎日

 

 これらのうち、特に製薬会社などからの接待は、今は不正な癒着として最近は法律で禁止されたはずである。このような便宜を図る行為は、倫理違反、モラルに反するので、不当な利益供与、接待として違法。

 だって、癒着関係が原因で効果のない薬を採用する、無駄に高い薬を採用する、なんて弊害がありすぎた。そういう歴史がある。

 

 そんな医者と同じに勘違いした偉そうな態度の看護師はもはや....。

 

白髪まじりの中年医師(恐らく既婚医師)に、アラサー看護婦がベタッと太ももを付けて
あの〜せんせぇ〜、、、と話しかけてた。
あれじゃ、医者から便器にされても仕方ないやなぁ。 軽く扱われても文句言えんよぁ。 

患者やその家族は何気に見てるものだぜ。w

 

http://shimasoku.com/sp/kakolog/read/sousai/1356619573/

 

 さらには、若い頃何人の医者と寝たから自分は「偉いお医者様と対等な女」なのよ、と意味不明な論理で偉そうにしているのもいる。いわゆる病院の裏ステータス。

 

バカ看護師ってどうして玉の腰狙いと言いながら妻子持ちの医師に股をひらくの?
自分に離婚までさせる魅力があるとでも?
それとも玉の腰の意味がよくわかってないとか?
あと、寝た医師の数を自慢してくるのはどういう心理?
誉めてほしいの?
バカ看護師理解できないんですけど。

 

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/sousai/1374238222/

 

 男から見れば、単なる風俗嬢扱い、都合の良い女扱いされて、ステータスと勘違いしているバカ女は、物笑いの対象だ

 

 それどころか、

看護婦のプライドの高さは異常。
これまで何の努力もせずにきて、何の能力もなく知識もないバカの集まり。
なのに他のコメディカルのみならず医者までもバカにする精神異常者ばかり。

医者に捨てられた腹いせか、それとも医者に相手にされなくなってるからなのか、
口癖は「私たちは医者なんて相手にしてないから。」

少数の性格のいい看護婦は結婚したりこういった環境に耐えきれなくなって辞めていく悪循環。
残ったのはカスばかり。
忙しい忙しい言いながら茄子駅で医者や患者の悪口ばかり。

「医者よりも私たちの方が忙しいのに(体力的に)医者の方が給料いいのはおかしい」とか真面目に言ってるキチガイも珍しくない。
じゃあ医者や弁護士よりも土方のほうが給料いいのが当たり前なのかね。

 

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/sousai/1374238222/

 

 私は看護師数年やったけど、だって看護師めちゃくちゃ性格悪いもん。

可愛い看護師いじめまくり。医師と仲がいい看護師僻みまくり。ミスまで仕組んじゃう。

いじめ方は、事故報告書攻めー。

でも、患者や医師の前では180度態度が違う。ぶりぶり。

「医師とは結婚したくないよねー」といいつつ、かなり狙ってる。

あの性格の悪さに、同じ女としてゾゾッとするよ。

------

でも、ほとんどのナースは、本当は低学歴なのに

国家資格が付いちゃったり、医師と仕事をしたりするんで

さも自分も偉くなったかのように、勘違いしちゃうんだよね。

つまりのぼせあがり。同僚として見てて痛々しい。

中には小金持ちもいるけど、実際そこそこ金持ってるから、必要以上にお嬢ぶるしね。

周りの本当の金持ちの女医なんか、見てて唖然としてるよ。

そんな人間に魅力があるわけないでしょう。もてるはずがない。

------

言うべきことは言うとかそういう意味じゃないの。

「夫や姑に完全服従しない」って発想は

何だか「私が頂点じゃないとイヤよ?」みたいに感じるw

服従ってw

「自分には収入があるんだから逆らうな」みたいな発想は

昔の横暴な父親みたいだしw

------

「気が強い」って取り違えてる人もいるからね。

まくしたてて脅すような口調でしゃべったり、

自分の希望をごり押しして無理矢理通すことを気が強いと思ってる人もいるし。

それはただワガママなだけなんだけどw

一人は、悪いけど一人っ子だからそうやって家ではワガママを通してきたんだろうなと

思ってしまった。

そんなやり方はきょうだいがいたら、きょうだいも親も相手にしないし。

一人っ子なのは本人の責任じゃないからかわいそうだけどね。

大人になったら職場で無難にあしらわれて、内心は人から相手にされていない。

言うべきことを言って、話し合いができることが

気の強さというか大人の強さだと思うけど。

------

自分の希望を強く主張できる自分カコイイ!

仕事してるから気が強くてカコイイ!

と勘違いしてワガママを通すような人はウザイw

自覚がないから直らないだろうし、なおさらタチが悪いw

気が強いこととワガママの違いは知ってほしい

------

確かに、いつも患者を見下してるせいか、勝ち気で勘違いなやつがいる。

------


http://archive.2ch-ranking.net/archive_i.php?board=sousai&time=1331594347

 

夜中、子供が低体温(34.5度)だったので救急車で
南部**へ行った。そしたら研修医だ何だか知らんけどめちゃくちゃ
態度のおおへいな男。「体重は?」って聞くから「13キロです」
って答えたのに「体重計のせて」っておびえる子供を無理やり体重計に
乗せようとする。子供は恐怖で大泣き。そしたら「チッ」って舌打ち
しやがった。で「何で来たの?」って聞くから横にいた救急隊の方が
「34.5度の低体温です。救急車の中でも34.7度でした。」って
答えてくれたのに「ちゃんと計ったの?」だと。
そして「解熱剤を飲ませたせいでしょうか?」って尋ねたら
「薬持ってきた?出して」って相変らずおおへいな言い方。
「院内処方で薬の名前がわからないんですけど」って言ったら
「なんだよぉ」と来たもんだ!で、当直の先生が来たら急に態度が
変わって物腰がやわらかくなりやがった
結局子供は大事に至らなかったが、いまだに腹が立って仕方がない。

ーー
南部****の内科医師の○藤は態度が横柄で患者をいつも見下している。
腹が立つ。

 ーー

永山は,科によっては良くないですよ。
 数年前家族が入院して,毎日面会に行きましたが,
なんか,看護婦が三グループいるようでした。
 看護業務を三社で請け負ってるんじゃないかな。もしくは,大学病院で
採用した看護婦と,外部スタッフ二社からの派遣看護婦とか。
 とにかく一日ごとに着ている看護服が違う。メンツも違う。
 それでも別に,業務が滞りなければいいんですが,どうやら申し送りが
不充分で,患者の訴えが次のグループに伝わってないことがしばしば
ありました。次のグループにやらせてしまえ,後は知らん,私が
来るのは三日後だから,それまでには用事が済んでいるだろう,
そんな風に仕事をしているように見えましたね。

 あと,大学病院には「教授様」という別名の医者がいますが
私の知っている教授様はすごく尊大で無慈悲で高飛車でした。
ガンの検査結果を教授様に説明していただきましたが,
「やはり悪性でしたか」と質問したら
「はぁ?ガンてのは悪性ですよ!!!悪性でないガンなんてないでしょ!」
 と返されたときにはこいつの頭をかち割ったろか,と思いました。
 ガン死はまぁ,ようするに寿命で,仕方ないですが,
 その宣告はもう少し穏やかにやってほしいです。
 あれって学生相手の癖でもでたんですかね。
 まぁ,これは私怨がらみの感想ですが。

ーー
友達が夜遅く腹痛を訴えたので、ちょっと普通の症状と違うし親元離れてるから心配で
南部に連れて行こうと電話をしたら「話を聞いたところ急患じゃないので明日病院行ってください」
でおしまい。
万一死んだらどうしてくれる??

これごく最近の話。

 ーー

病院の人間は自分がサービス業だってことわかってないヤツが多すぎます。

ーー
南部はホント最悪!内科の名前忘れたけど威張ってるくせに
ちっとも診察できてない医者。

ーー

>43
その医者知ってる~!!!!!!
禿同!!!!!!!!!!!!!
ろくな診察も出来ないくせに威張ってる。

あ!ろくな診察が出来ないから大きく見せたがるんだきっと。

 

 http://machi.to/bbs/read.cgi/tama/978540624/

 

看護師やってるとほかの職業を見下す医師や看護師をよく見るんだけど


看護師と言う仕事をしていると時々嫌な人種を見ることがあります。 それは患者さんとか他の職業をしている人たちを見下す人種です。 医者や看護師というのは確かに人の命に携わる仕事だけど…だからってそれ以外の仕事をしている人たちを見下すってどうなんだろうって思います

きっかけは飲み会でした。 病院の看護師と医師とがちょっと集まってちょっとした飲み会になったとき、看護師の先輩や医師たちが「やっぱり自分たちの職業が一番」「他の職業なんて大した金にならない」みたいな話を始めたんです。 結構イヤでしたよ。私自身はそんなことは微塵も思っていません。 むしろ看護師なんて下手な接客や販売業よりも大変で、しかも夜勤や日勤があったりとかなりヘヴィでどぎつい仕事だと思ってます。ある意味肉体労働ですよ。 なのに命に関わってるとか資格が必要だとか…そんな理由だけで他の職業を見下すとか…人間が見えますよね~…。

こういう人間にだけはなるまいって思いました。 あ、ちなみにこの病院はもうやめました(笑) だってこんな人間ばっかりいる病院とか…自分も同じ穴のムジナだって思われちゃいそうだし、だったらもっといい病院で勤めたいって思ったから。 別に医師とか看護師が職業の頂点に立ってるわけじゃないし、じゃあ自分だけで生きていけるのかっていったら絶対そうじゃない。 農作物を作ってくれる農家の人や道路を作ってくれる建設業の人、深夜でも利用できるスーパーやコンビニの店員さん…こういう自分たちが馬鹿にしている人間がいなければ看護師も医師も生きていくことすらできないわけですからね。 それに病院にきてくれる患者さんがいなければ病院なんか成り立たない。 それを馬鹿にするなんて私にはできませんから。

たまに看護師、医師で馬鹿にしたような目で見てくる人がいるかもしれません。 でももしもそういう人を見たら「ああ、程度が低いんだな」くらいに思っておいてください。実際そうですから(笑) 

 

 http://www.adobefraffr.info/doctor.html

 

医師や看護師の発言はモラルがない?
病院に就職したのですが、中堅医師や看護師の人たちは、かなり人の悪口をいいます。

神聖な職業で、高貴な精神の人が医療従事者には多いと思っていました。

私は新人看護師ですが、まわりの会話を聞くと、かなり幻滅します。ショックです。

あのアホども言いたい放題です。

おそらく、患者さんなどが聞いたら怒りがわくようなモラルがない発言が多いです。
仕事はきちんとこなしているようですが・・・

どこでも一緒ですか? わけがわかりません。医師や看護師の考えは・・・

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1111436016

 

natsumikan_sukiyoさん 2011/4/1210:16:41
患者は患者です。「お客様」ではない。病院は病院で、一流(?)企業を真似する必要はない。
そもそも病院は企業と違って利潤を追求する必要性が無い。勿論健全な経営基盤が無くては潰れるだけですが、それで困るのはその病院のある医療圏の患者です。
医療スタッフは資格稼業ですから資格と経験・力量があればどこででも働ける。

患者に媚びへつらう必要性はないんですよ。
医療従事者は誠意をもって患者に接する責務がありますが、それは企業人が顧客に媚を売るのとは別物、別次元。金を払った対価として、どうしてもへーこらして欲しいのであればそういう病院と医療スタッフを揃えた病院を探せばよろしいかと。

良質な医療サービスを提供することとへーこらすることは別です。
 

 

  敬語=へーこら?何を勘違いしているのだろうか、この医者は。そもそも、一方的にタメ口、命令口調で相手を人として尊重せずに、何を言っているのかと。

 勝手に死ねばぁみたいな。人間としてやり直したほうが良い。
 
 昔から、こういう医者はいた。看護師はそういう医者から、患者を守る立場でもある、あってほしい。
 にも拘わらず、そんな医者達に影響されて一緒になって、上から目線で患者をバカにして見下して、偉そうになってしまう看護師が増えすぎたことに、非常に危機感を覚える。

 

Q. 医師と看護師のプライド?見栄?傲慢さ?って似てませんか?上記の人よりも、もっと賢くて地位のある職種に就いている人って もっと腰が低くて気さくな人が多い気がします。割合的に 医師はまだ賢いからいいけど、とりあえず看護師に見下されるのは勘弁です

A. あなたの働く病院がそういう病院だからじゃないですか?医師は看護師よりも賢いですが、看護師も専門職であり、医師とは違います。医師に医療行為はできても、看護はできません。だから、看護師が看護の世界では一番になります。そもそも、日本の看護師に対する評価が低すぎるのが、問題です。他国の看護師は、もっとプライドが高く専門性が高くて、医師と同じレベルでの知識や技術も求められています。それは日本でも同じですが、ただ、療養上の世話をしている。医師のいいなりとか昔の考え方で、看護師をみているから、そのように『見下されている』と思うのでしょう。まぁ、態度の悪い傲慢な看護師が多いのも認めます。

 

 ????日本の看護師は「医師と同じレベルでの知識や技術も」あるからもっと評価されるべきって.....どれだけ激しい勘違いをしているんだろう。日本の看護師はアメリカだ看護助手レベルで、大学院出た日本とは別物の職種と同等と勘違いしているだけでも知識無さを露呈している。

 

タメ口にさせる要因は患者自身にもあると思います。ワガママで生きる価値もない患者(特にホームレスや生活保護)は全て税金でカハ゛ーしているので実質タダですね。
タメ口が嫌な方は1日の自己負担何万円もする個室に入院して下さい。誰もタメ口使わなくなりますよ。

看護師と関わりたくなければ、死にかけても入院しなければいいんです。精神疾患でなければ入院は拒否出来ますので

 

 最低ですねこういう看護師。

 

 弱者もまた、俺は弱者だぞ、という傲慢になることがある。

 それは、弱者である引け目、コンプレックスがあるからだ。

 だからその反発として、自分は弱者なんだ、無理に卑屈に虐げられるゆえんはないんだぞ、と心理的に防御する。これが行き過ぎる時もある。

 本来は、強者の立場のほうが配慮して、そのコンプレックスを絶対に刺激してはならないのだ。お世話になるから頭を下げなければならないと感じさせてはならない。公平性と尊厳を欠いたぞんざいな扱いは避けなければならない。

 社会的庇護を受けている生活保護の人など、その典型だ。弱者に対する見下しに特に敏感なのだ。

 そう言う社会的弱者に対する見下しの思考や感情というのは、何もしなくても表に現れるものだ。だから、看護師もそもそもそう言う考え自体を捨てるべきなのだ。じゃないと反発を受けて当然だ。結局、そういのは自分に返ってくるからだ。

「お前ムカつくからやってやんないー」
「ふざけんなこっちは弱者なんだぞ!そんな事して許されるのか!と

 原因は、そういう見下し思考を持っている看護師にある。

 

看護師が底意地悪いのは常識です
自分たちは人の為になる立派な仕事してるの
事務や掃除とはレベルがちがうのよオーラが満々
差別意識の頂点の集まり

 

http://onayamifree.com/threadres/2143183/

 

最近看護婦と合コンしたんだけど、あいつら何なの?

能面被った笑顔、合コン話題に参加しない、参加したと思ったらイケメンの話題、高飛車な態度

ありゃ気持ち悪いわ、自分特別と勘違いしてるんだろうな。「謙虚になる」って意識が全くないよね。

ーーー
患者や医師が謙虚になってよ

ーーー
>>155
わかるw イケメンにはすぐ股開くのにねww

俺も合コン行ったことあるが友達が俺のこと金持ちアピールしたら、すぐに看護婦擦り寄ってきたw ワザと終電見送り帰れなくなっちゃったアピールしてきたけど、タクシーで一人で帰ってきたww

その後メールが来る来るw あれはホントにキモかったわ~ww

ーーー
こんなスレあったんだー、俺も看護婦合コン経験アリなのでカキコ。

あれは女性としてどうなの?レベル。合コン参加者全員看護婦イメージ崩れてたわ(笑)。高飛車、キモい、イケメン狙い、股すぐ開く・・・そして負けず嫌い

看護婦=結婚出来ない理由がよくわかったわ、何も知らず結婚したら痛い目必ず見るわー。

 

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/sousai/1363088645/

 

 

自己愛性人格障害モラハラの伝染

 

医療現場のモラルハラスメント

モラルハラスメントの提唱者である、
フランスの精神科医のイルゴイエンヌ氏によれば、
医療現場は、ハラスメントの温床で、あらゆる国において、
病院におけるモラルハラスメントの発生率が高いそうです。

実際、日本でも、多数のモラハラ被害が報告されています。


...

基本的には、医師から看護師へのモラルハラスメント
多いのですが、その原因として、医師の自己愛性人格障害
考えられます。

子供の頃から、勉強漬けで、親からは、ちやほやされて
育った人も少なくないかと思います。

そのような成長過程で、自己愛性人格が形成されていったことが、
想像できます。

別の言い方をすると、学業と比べて、コミュニケーション能力が
劣っているわけです。

普通の人であれば、コミュニケーション能力が劣れば、
周囲との人間関係が構築できず、孤立して、挫折を味わうわけですが、
学業が優秀であるため、孤立することで、逆に自分は特別な存在だと、
勘違いしてしまうことに、問題があるのではないかと思います。

このような医師は、無意識に、コミュニケーション能力がないことに気づいて、劣等感を持っているのでしょう。

その劣等感を認めたくないので、権力を傘に、自分より下の者に対して、
高圧的な態度を取ると考えています。

その劣等感を認めたくないので、権力を傘に、自分より下の者に対して、
高圧的な態度を取ると考えています。

頭が良い分、パワハラのように、あからさまに相手を蔑むのではなく、
モラハラのように、外見上は良い人を装いながら、
ターゲットの精神をずたずたにしていくわけです。

...

また、最近わかったのですが、モラルハラスメントは伝染します

医師のモラハラが常習化している職場では、
看護師長も、モラハラをしている可能性が高いです。

本人たちは、モラハラをしている自覚はないのですが、
毎日、そのような状況下にいるので、それが当たり前だと
思っているのです

つまり、モラハラ人格と接する人たちも、
多くのストレスを抱え込み、そのストレス発散のために、
新たなモラハラ被害者を生み出しているのです。

 

http://xn--mdkubvb.com/morahara-iryougenba.html

 

しかし、病院では、医師、看護師、事務方などの立場の違いから、意見の食い違いが起こることも多く、その過程で、医師による報復的なハラスメントが行われる原因が生まれることも多いようです。反対に、看護師が協働して、医師に対してモラル・ハラスメントをすることもあるようですし、医師同士、看護師同士の対立から、モラル・ハラスメントが発生することもあります。

また、能力以上の仕事量を与えたり、誰もうまく対処できない難しいケースや患者を押しつけたりすることも可能です。

さらに、患者の利益を無視して、被害者に実際に職務上の失敗をさせた上で、それを繰り返し陰湿に非難する、そんなことが可能になる環境なのです。

 

http://morahara.com/hospital/feature/

 

 看護師の女性と結婚してはいけない、と言われる理由の一つ。傲慢な上に、家庭にモラハラを持ち込むから。

 

理由5 無知と怠慢

 人の気持ちに配慮して気を使うのは、ビジネスや営業、接客の仕事でも疲れるものだ。看護師はそんな事を考えて仕事してないように見える。不快なら病院来るな、の態度である。

 さらに看護師は、病棟などでは患者や後輩を「言うこときかせて管理コントロールする」ことを主眼において扱う場合が多くある。その方が楽だし事故も起きないから。

 すると上からの物言いになり、「私の言う通りにしなさい」というようになり、本当にえらそー態度で、ふてぶてしく、物言いから、目線も上から、またはジッーと目を合わせて威圧するような人になってしまう。「よしよし良かったでちゅねーハイハイ」みたいな態度や「なんだ、世話してやっているのに、文句あんのか?」みたいな態度になってしまう、職業柄。まるで、患者を、感情をもった人間ではなく、家畜かペットのようにみてる。本人にそのつもりは無くても。

 

病室がナースステーションに近く、ドアが開いたままなので、ナースステーションの声が丸聞こえです。
特に夜勤の看護師さん達は暇そうで、おしゃべりばかりしています。
話の内容がほとんど聞こえるし、患者に対する愚痴とかどーでもいい話が多いです。悪口を言われているようで不快です。
これは普通なんですかね。女の職場だから仕方ないですかね。
ある看護師は患者の目の前で、「この人、美輪明宏の声に似てるよねー」と他の看護師と話してました。患者さんに向かって、「この人」って…。人なめてる感じ。

 

http://m.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/q13128446193

 

 治療中の患者の目の前で「センセ~それなーに~」とかって…「ソレじゃなくて、オレ意識あるんですけど」みたいな。日常茶飯事。

 

 本当に患者に対しても露骨に不機嫌な態度をとってしまう… 傍から見たらどんな女性になってしまっているか自分で気が付いているのだろうか。そして、プライベートでも見下した相手でないと自分の存在意義を感じられないのか、付き合う男もダメ男、もしくはダメ男にしてしまう。

 そもそも、看護師は「礼には礼を持って」を根本的に知らないのではないかと。そう言う世界を見た事も存在する事も知らないのではないかと思われるのだ。むしろ、看護師同士が無礼には無礼を持って、が普通のように見える。

 こちらが、社会人として敬意を持って礼儀正しく腰低く爽やかに接すると、看護師は自分が上の立場だと思い込み偉そうな態度で舐めてくるのである。そして偉そうな態度でタメ口を使ってハイハイ良かったねーぼくちゃん見たいな馬鹿にした態度をするのでこちらは本当にビックリするのである。

 されて当然という感じの人間なのであれば、やってやるだけ無駄ということになる。ということは看護師に対しては、敬語も不要、丁寧に言うのも不要、気遣いも一切不要。礼儀も不要。看護師に頼む時は、取ってこいと言いつければ良い。呼ぶ時は呼びつければ良い。やれと言い放てば良いのである。となってしまう。

 もし患者がワガママだとか無礼だとか感じる看護師がいれば、自ら自分が礼を失したり、相手を尊重した距離感がおかしくないか、外見その他などを含めて振り返ってみるべきだ。人は自分を写す鏡なのだ。

 一例を挙げれば、低い位置にいる人と話す場合、上から見下ろすのは失礼に当たるので、自分がしゃがんで話す、または、顔面覆い被さって上から威圧する感じだったり突っ立ったまま文字通り上から目線で喋り下ろす人。違いは一目瞭然。こういった事がすべて普段の振る舞いにも現れる。自然に出来るかどうかは相手を尊重してるかどうかの現れである。姿勢一つとっても、凜としたのと、高慢な姿勢は紙一重の違いなのである。胸を張って見下ろしてれば高慢チキなヤロウである。

 謙虚と謙遜が美徳とされる世界とは異なり、精神年齢と社会を知らないイキがったチンピラや、傲慢不遜で態度が尊大な人ほど偉い人間なんだと幼稚な勘違いをしてしまっているのではないか、ぐらいに思えるのだ。

 傲慢である人というのは、えてして視野が狭い。自分よりもっと上には上が居るって事を知らない(世間知らず)し、自分が人を不快にさせている傷つけているかもしれないということに気がつけない(無神経)人なのである。人間性豊かで人間的に大きな人ほど謙虚なのである。人生経験も社会経験も知恵も教養も劣る看護師が、人生の先輩先生である年配の大人に対して偉そうに人生を評価し、分かったように講釈垂れる様はまさに、勘違いしたピエロである

 そもそも、どこの誰だかしらん奴が、人の事を何にも知らないくせに患者や家族に知ったような口ぶりで、押し付けがましくタメ口で上から目線で人を評価するように口を出してくる出しゃばりは何様なんだと思われても仕方がない

 

 

理由6: 男を見下す数の暴力・女尊男卑

  それだけではなく、看護師は看護学校時代から、男を男扱いせず男を見下してきたのだ。

 

 男看護師・学生

ーーー
着替えが保健室の後ろのカーテン一枚みたいな所で着替えるから冗談半分に覗いてきたり、しょっちゅう触られるケツや胸。
俺居るのに教室で着替えるのもいる。

ーーー

俺んとこは、どーせ女子ばっかだからもてると思って入ったんでしょ?って言ってくるブスはチラホラいるよ。
勘違いすんなよブス!って言いたいけど、はははって笑い流してるよ。

ーーー

女のセクハラって、もっとエグイよ
ーーー

俺は女性の看護師から逆セクハラを受けているが上手く受け流していて気にしていないのだが、もし俺が女性看護師に同じことをしたら100%セクハラで訴えられる。
ーーー

ま、軽いところでは尻触られたりするね
あとシモネタは山ほどある
飲み会で女装させられて乳もまれたりとか余裕であるな。

 

 

  看護師は学生の頃から逆セクハラを当たり前のようにし、社会人になっても学生気分のままの振る舞いを、患者が入院している病院で平気で行っているのだ。例えば、病院内で職場の男に馬乗りにべったり絡み合ったり過剰なボディタッチをしたり。私は医者と仲が良いのよアピールの俗に言う医者イジリ。男看護師・技師にふざけて馬乗りになり、なぶる。そしてそれを自慢のように周りに見せびらかす。

 普段からそんな事をしていながら、急に猫を被って取り繕うといっても無理があるのだ。

 やられている男看護師や医者や技師も情けない。多勢に無勢と言うところで朱に染まるしかないのだろうが、そんなに男扱いされず舐められて男として情けなくないのだろうか。それは女の数による暴力である。それが看護師にとっての常識となってしまっている。しかしそれは看護師の常識であって、世間の常識でも本来あるべき姿でも無い。

 その男を舐めている理由が、陰洗で若い男の子が勃起しただの、繁華街でナンパされてモテるとかそういうどうしようもないバカな根拠だったりする。

  お前の旦那がナヨナヨした無職ヒモ男だからといって、いつもホストクラブでチヤホヤされているからといって、医者様様のセフレやらされてるからって、こっちまでタメ語、上から目線で同じ扱いを受ける筋合いはないんだよ、と。

 

看護師です。男性

女性の看護師怖いです。しゃれになりません。
きついなんてレベルではありません。
まだ患者だから、「きつい、態度がでかい、白衣の天使とは違う」
というレベルに感じることでしょうが、、、

病院を支配しています。恐ろしいです。
完全に男をなめてます。まわりを見下しています。バカにしてます。

一緒になんてとても働けません。だから、仕事変わりました。
あなたの質問で感じている内容を理由に。。。

どうしたらいいか?こっちが教えて欲しいですよ。
おかげで、メンタル病んだし、心がゆがみました。

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1215149742

 

自分が同僚の看護婦に興味ないということを悟られた瞬間から、あからさまに陰険な態度を見せてくるよな。 
医師は自分に興味がない看護婦を当たり前に許容するが(当たり前にほっとくことができる)  
看護婦は自分に興味がない男性医師(研修医)に嫌がらせをする。  
女が多い職場では相手に興味がないことを悟られないように、それぞれをチヤホヤおだてないといけない。 
別に研究室とかならそれでいいんだけど、医局でもそれやる看護婦が多いから困る。

 

http://archive.2ch-ranking.net/doctor/1269772654.html

 

漫画喫茶で漫画読んでたら隣の看護婦集団が
医者イジメて辞めさせただのあいつむかつくから辞めさせるだの
物騒なこと話題ばっかで盛り上がってたから
ナース服なんかに萌えないわ
男でいう土方と同じ底辺集団やぞ

 

http://blog.esuteru.com/archives/7439804.html

 

  単なる多数派の数による横暴である。

 

 

看護師の冷徹さ

 看護師は、人に対して突然ピシャッと心を閉じる冷徹な所がある。そして人の心をもつ人間とは思えないような事を言ったり、したりする事があるのだ。よく言えば仕事の切り替えが上手いともいえるが、人を動物実験対象の個体の様に冷たく見てる様に寒気を催す。

 人は誰しも不治の病や人の死を日常的に目にして、悲しみ心を痛める。何か出来る事はないかと。そして出来ない自分に苦しむ。感受性や共感能力がある人ほど痛みを感じるだろう。

 看護師として、仕事としてそういう状態にならないよう、一歩引いて、感情移入しすぎない事は自分自身の為に必要な事。しかしそれが行き過ぎて、人を物としか見なくなり、人の感情に無感覚になってしまっては、人間としてオシマイである

 適切な距離で一歩引きつつ、大局的な自然の摂理という大きな流れの中で謙虚な自分にいれば、そんな人間にはならないはずである。

 

 人の命や人生に対して自分がなんとか出来るはず、救える、癒せる、なんて考えるのはそれ自体が神をも冒涜するレベルの傲慢さなのである

  

「癒すのは自然のみである」「看護師がなすべき事、真の看護とは、観察で読み取る力、そして自然の力で治癒する為にもっとも良い環境を整え患者の生命力の消耗を最小にするように整えることである」

 

フローレンス・ナイチンゲール 〜「看護覚え書き」 14章 「結論」

 

 

総合病院3~4年目までは、病気の人を癒す満足感、
新人指導をして、自分を高められる時期など
看護師の職業は自分も成長させてくれる素晴らしい職場かもしれませんが、

それ以降はヘンに慣れてしまって、
人の痛みがわからない人になる
または自分が壊れていく、など
気をつけないと、どんどん人らしくなくなってしまう職業かもって思います。
先輩で尊敬できる人は数人で、それ以外は
「こういう人にはなりたくない」っていう人がほとんどです…。

 

http://mayunosetuyakublog.blog6.fc2.com/blog-entry-927.html

 

  看護師が患者を癒していると思うこと自体が思い上がりなのだ。それが傲慢さにつながる。

 相手の立場に立って考える事が出来ない感情移入出来ない冷徹で無神経な人は、思いやりが無く、人を踏みにじって、人の感情を傷つけても平気な振る舞いをする。自分さえよければ人の人生などどうなっても良いと思われる行いまでする。

 

攻撃してくるような人は、家族間のいざこざ等の辛さがわからなかったりしますね。患者さんへの態度を見てて、そう思いました。全然、デリカシーないんですよね。デリカシーのない看護師。そして、そのデリカシーの無さを、「私は、仕事しててあなたより偉いんだから、あなたを傷つける権利があるのよ。」と全面肯定できる重症な感性。看護師は、それが通るんですよね。違う業界だと、社会人として相当問題視されるでしょうけど…(ブラック企業の風土を比較対象にするのは、やめましょうね)。

 

http://nayami.tabine.net/ns/1/014403.html

 

●注射されるこっちの身にもなって・・・(38歳女・設計士)
どんな仕事でも見習い期間はあります。ですが、看護師は患者さんに何らかの不安を与えたり、苦痛を我慢してもらいながら成長していっているということをもっと自覚すべきです。

先日、手術前の採血に2人の看護師が来ました。
1人はベテラン、もう1人は明らかに新人でした。新人さんはベテランナースの指導を受けながら私の血管に注射をしていたのですが、それがすごく痛くて。
「痛い!」というと、ベテランさんが「あれ?これ血管突き抜けちゃっているからもう1回やってみて」と新人さんに言いました。
新人さんは申し訳なさそうに再度注射。それがまたまた痛くて・・・。

結局それを3回繰り返したのですが、ベテランさんは新人教育にしか頭がいっていないようで、私の不安や痛みなどに対して1度も謝りませんでした。
私は実験台でも物でもありません、生身の人間です。手術前でただでさえナイーブな時期に、本当に不快でした。

 

http://www.kango-roo.com/sn/a/view/1421

 

私もOLから看護師に転向しました。
1番驚いたのは看護師ってなんでこんなに性格悪いんだろうと思うような人ばかりなこと。
デリカシーがない人、裏表が激しい人、せっかちな人、いつも悪口や愚痴ばかりで女子高生のようです。
私も、看護師ってどうしてこんなに性格悪いの?って痛感しています。

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同じ地区の中に何人か看護師がいます。
また、現職場の看護師にも言えることなんですが・・・。

看護師じゃない人への態度が、、、
どうにも上から目線の人が多すぎです。
患者さん、ご家族、周囲の人に対して横柄すぎます。

それと、人をいたわることのできない人の多いこと多いこと・・・・。

 

http://nandemo.tabine.net/wh/005910.html

 

  看護師には元々そういう無神経な人や、長く続けているうちに、気づかない内にそうなってしまう人が多い。それでは看護師としても失格どころか害である。そしてそういう看護師が本当に優しい感受性の高い看護師を潰してやめさせるのだ。自分が何をしてもいいどころか、人に何をしてもいいと言うのが通用してしまっている。

 


 どうなるか。

こういった人の重要な問題点は患者や家族とのコミュニケーションの不味さのみならず、その不満をナースステーション内に持ち込んで周りにそれとなく拡散するということでしょうね。
その言い方一つで、患者さん自身やその家族が証人無しでその看護師の一方的な発言で悪いのは私では無く、相手!という「雰囲気」になること。それが積もっていくと、看護サイドは善でクレームを付ける方は悪という独善的な組織が形成される可能性があります。これは医療現場においては「恐ろしいこと」です。

 

small G: 看護師に向かない人

 

 自分たちは悪くないー>自分たちだけが大変だー>自分たちは特別だー>自分たちは何をしても良い。この連鎖は非常に恐ろしい。

 

 許せなくてつい一言言ってしまいました。
質問になっていませんが…先日電車で看護学生と思われる女子2人が会話をしていて、耳を疑いました。
A:「疲れたー、実習めんどくさい、指導者うるさいし」
B:「記録大変だしね」
A:「○○の受け持ち患者死んだらしいよ。残りは記録まとめるだけだからいいよね」
B:「楽じゃん、あーあたしの患者も死なないかなー」
この後2人で笑っていました。
他にも、患者と同じ部屋の○○っていう人ぼけててあたし関係ないのにやたら話し掛けてくるからうざい、そんなんぼけてんだから適当に相手しとけとか色々言っていました。
私も看護師(学生指導をしています)ですし、実習が大変なのはよくわかります。
でも、こんなことを言うなんて…怒りを押さえられませんでした。
守秘義務違反、何より倫理観はどうなの人格は大丈夫なの?と色々考えてしまいました。
自分が電車を降りる時に「看護師にならないで」と言ってしまいました。
もちろん全ての学生さんがこうではないし素晴らしい方もたくさんいます。
しかし世代の違いなのか、言動や考え方・常識・倫理観を疑ってしまう学生が増えています。
これからの看護師はどうなっていくのでしょうか…。

補足
遅くなり申し訳ありません私は自分の立場は明かさず「看護師にならないで」とだけ言って睨みながら電車を降りました。
「はあ?」と言われ、なんだこいつ?みたいな顔をしていました。

 

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1153771141

 

 

ダニエル F.チャンブリス著、浅野祐子訳「ケアの向こう側 看護職が直面する道徳的・倫理的矛盾」です。
この本は、病院でフィールドワークを行い患者や医療者に起こっていることを目の当たりにしたことをもとに書かれています。目的は「ナースが日常業務の中で倫理的問題をどのように捉え、対処しているかを、詳細に、かつ弁護できる程度の一般化をもって記述すること」です。
第1章は、「ナースの世界、すなわち病院は、一般社会とは全く異なる道徳システムを持っている。病院では悪人でなく善良な人がナイフを持ち、人を切り裂いている。そこでは善人が、人に針を刺し、肛門や膣に指を入れ、尿道に管を入れ、赤ん坊の頭皮に針を刺す。また、善人が泣き叫ぶ熱傷者の死んだ皮膚をはがし、初対面の人に服を脱ぐよう命令する」といった衝撃的な言葉で始まり、「一般人にとって身の毛のよだつ残酷物語もここでは専門家の商売なのだ」と続いています。確かに
病院は一般の生活とは異なる独特の世界があります。しかし次第にそれが普通のこととして「日常化」され、業務は「ルーチン化」されていきます。チャンブリスはこの「ルーチン化」とともにナースの感情は平坦化し、そこで生じる出来事に対する感受性も失われていくと述べています。患者さえもそのルーチン化に含まれていきます。患者は人としてではなく、一つのケースとしてしか認識されないようになるのです。その結果、ナースは患者に生じる多くの倫理的問題、道徳的問題を認知しなくなっていくのだと分析します。しかし、倫理的問題こそナースが積極的に関っていくべき必要があるはずです。なぜなら、ナースは患者を擁護する立場にあるからですアメリカでも、アメリカ看護師協会(American Nurses Association )による「看護師の倫理綱領
( Code of Ethics for Nurses)」にそのことが明記されています。

看護の歴史と倫理に関する書籍の紹介 

 

病気の乳幼児を看護できるかどうかが、看護師を見分ける真の試験である。乳幼児に「何か私にできることは?」などと尋ねるわけにはいかないからだ。

 

フローレンス・ナイチンゲール 〜「看護覚え書き」 13章 「病人の観察」

 

患者が最も望んでいることは、そんなことについて口を利くように強いられたくない、ということなのである。

 教養のある階級の病人は、誰しも自分の担当看護師に対して必要な時を除いて出来るだけ部屋の外に出て行って欲しいという望み以外は何ももっていない。これは現在どんな(酷い)看護がなされているかを物語るに十分な証拠である。(中略)

「もし私が重症になっても、私がなすべき最後のことは、看護師を部屋に呼び入れることではないだろう。少なくとも私が正気の間はね」というのだ。

 現在のところ、看護とはそのようなもとなってしまっているのである。教養ある人々の間では、看護師が部屋に入ってくる恐怖に比べれば、一人で死んでいく恐怖はその半分もないのである。

 

フローレンス・ナイチンゲール  〜 「看護覚え書き」 補章 「看護師とは何か」

 

看護師の「あいうえお」とは、患者が何を感じているかを、患者に辛い思いをさせて言わせることなく、患者の顔つき表情から読み取ることができることなのである。もしこの能力をまったくもっていないのであれば、あなたは看護から身を退くべきだ。
患者は牛でも無ければ壁に並べてキレイにして壊れないようにしとくだけの家具などでは無いのである。だから看護師は単なる機械やホウキ以上のものでなくてはならない。しかしながら現に看護師がしていることや出来ていないことから判断すると、患者はまるで家具のようなものだと言いたくもなるかもしれない。

 

フローレンス・ナイチンゲール  〜 「看護覚え書き」 補章 「看護師とは何か」

 

 看護師は、患者が無条件に降伏した身体を預けるのだから信頼できる人間性が第一なのだ。傲慢で、猫を被って裏表のある押しつけごましい過干渉のお情け同情ぶりっ子に媚び媚びキャバ嬢お色気ナースなど不要。

 

看護師は皆、人から「信頼されるうる」看護師でなくてはならない。それを忘れてはいけない。(中略)看護師は他人の噂をふれ歩くような人間であってはならない。作り話をしてはならない。担当患者について知る権利のあるもの以外には口外してはならない。言うまでもなく当然のことであるが、看護師は真面目で正直でなければならない。正確に素早く詳細を観察できなくてはならない。また繊細なデリカシーのある感受性豊かな女性でなければならない。


 フローレンス・ナイチンゲール  〜 「看護覚え書き」 補章 「看護師とは何か」

  

「責任を持っている」という事は、単に自分が適切な処置をするというだけでなく、他の同僚達もそうできるように手はずを整える、という意味である。

 近頃は使用人の質が落ちてきたと言われるが、私に言わせれば指示を出す方の質が落ちているのだ。指示の出し方もしらなければ、知恵を働かせて従うことを教える方法も知らないのだ。

 

フローレンス・ナイチンゲール 〜「看護覚え書き」 3章 「小管理」

 

社会人で企業を経験してから看護師になりました。看護学校北朝鮮状態。学生の自主性を伸ばすという校風を掲げていながら、少し意見をしたら上から抑えられる始末。実習では、指導者に「また学生来やがった」とかムシされ、立たされ、何も教えてもらえなかったことも。先生に行っても、ただで指導してもらってるからということで何も変わらない。実習で得たものはとにかく我慢するということでした。
本題になります。
最初に就職した国立病院。師長がいじめをするような人でした。新人4人が代わる代わるいびられました。私は結婚してたのですが、結婚してることで嫌味を言われたり。ムシされたり。他の先輩もいい人もいましたが、強烈な人が多すぎました。オムツ交換に一緒に入った看護師からは、私の手をすべてはらわれたりすることも。業務はよかったのですが、人に耐えられず1年でやめました。
しばらく子育てをし、落ち着いたので4月から派遣に紹介してもらい、慢性期病院に復帰しましたが、汚いし、適当だし、なんの勉強にもならずもう辞めたいです。丁寧に指導してくれるということでしたが、放置です。人の環境もいまいち(いない人の悪口ばっかり言っている)だし、さっさと辞めたいのですが、我慢がたりませんか??子供がいるので休みやすいというのはいいのですが、それだけです。
一回り違う子が偉そうでムシしたり、命令したり、みんなにタメ口です。それがまかり通っている病棟です。会社で働いてるとき、そんな子がいたら注意し、退職に追いやられてたと思います。看護師って足りないから、そういうマナー、常識のない子すら辞めさせられないのですね。
今後、環境は変わりそうにありませんし、イヤな思いすると思うのでさっさと辞めて新しいところを探そうと思うのは我慢たりませんか??
看護師の世界って本当、かなり特殊だと思います。

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経験がものを言う世界。
普通の会社の、年功序列ではありません。
どれだけ長くいるか、実力と経験をつけるかにかかります。
まあ、いまはどこもそうかもしれないけれど・・・

あなたの経験は、一年弱?でも、新しく入ったら、また新人からやり直し。それに、即戦力になるほど経験がないから、相手のほうが、それは上になってしまう。
相手は、あなたより年下でも、リーダーとかやってるなら、そりゃ、業務命令はだすでしょう。それが嫌なら、仕事は出来ないと思いますが。どこへいっても、これは同じことです。

年下に頭を下げられない、指導や業務命令を聞けないと、この社会では仕事ができません。渡ってはいけません。あなたの経験が浅いのは事実です。この仕事は実力と経験があってなんぼです。年上であることへのこだわり、今までのキャリアなどで培ったプライドが、いまだ捨てられないと、適応は難しいでしょうね。

ただ確かに、この世界は疲れるし、おかしいと思うのも、無理はないです。他からの転職者で、適応できない人はよくこのサイトでも、あなたと同じことをいっています。適応できないと、この世界とは、永遠に平行線をたどります。この社会、根本的にはあまり変わりません。
しかしながら、あなたがいくら非難しても、変わらない事実がそこにあります(あなたに関しても、周りも)。
我慢できないなら、辞めてもいいと思いますよ。

--------------

私も社会人から看護師になりました。今年10年目で、今の職場が3つ目です。

私もひなひなこさんと同様にこの業界には異質な物を感じます。10年経ちますが、いまだにこの世界はおかしいと思います。

仕事内容はともあれ、この業界では封建制度がまだまだはびこっていて、その異質さに慣れるのにはまだ時間がかかりそうです。

いろんな業界を経験してきましたが、この業界はいろんな意味で凄いと思います。

変わるのを期待するのと、変えて行こうと努力するのは生きている間は無理なんじゃないかとも思います。

特殊な人間性というか、普通の会社なら表に出さない、敢えて出さないようにしてる部分がかなり剥き出しになってる世界かとも思います

仕事も大事ですが、もう割り切って勤めるしかないかと自分は考えてます。

人のふりみて我が振り直すというか嫌な奴にならないよう自分は頑張るしかないと思って稼いでます。

答えにならないですみません。


http://nayami.tabine.net/ns/008685.html

 

 異常な看護師たちの人間性は、そういうものだから、いやなら辞めれば?みたいな糞看護師がのさばっているから、良くもならない。

 

 2010/09/19(日) 17:11:20 id:xfIDhDOf0.net

医者の仕事への責任感やモラルって物凄く低いし、人間的に最低なのが多いと思う。
自分が体験しただけでも、数え切れないくらい医者や病院で不愉快な思いをして、かえって体の具合をおかしくしたり、莫大な金額を詐取されたりもした。
あまりにも酷い医者や病院が多かったから、基本的に医者は信用できなくなった。

思うに、日本の医療が歪んでいる要因は、こんなことが挙げられるんじゃないだろうか?
・医者になるまでの間、ひたすら専門分野の勉強ばかりで、世の中の一般常識を身に付けないまま医者になってしまう。
・医者の肩書きが絶対的で、「先生」と呼ばれて常に周りから持ち上げられる存在で居続けることが、傲慢な態度を生んでしまう。
 一患者が何かいったところで、医者の言うことが絶対視されて全く相手にされない。
・医療行政がまともに機能していない。
 医療行為については行政の監督が全く及ばないため、誤診をしても、それこそ患者を死なせたり廃人にしても、外部からのチェックが働かないから何の責任も問われない。
 患者や患者の家族には、「最善をつくしましたが今の医療では治りませんでした」とかいくらでもごまかせる。
 病院でトラブルがあって役所の医療相談窓口に相談しても、「権限がない」「所管でない」とか責任逃れをして、結局患者の泣き寝入り。
 はっきり言って、医療の世界は外部からのチェックが全くない、完全な聖域になってしまっている。
・情報が極端に少ない。 
 口コミサイトとかネットの情報ですら、病院を絶賛するコメントしかなく、批判投稿自体を受け付けないため、評判を気にする必要すらない。
 一般企業だったら、ネットの情報や口コミで苦情投稿があったりして結構実態が分かったりするけど、病院や医者に関する情報は驚くほど少ない。
 サイトの運営者に圧力をかけてるとか、情報統制があるんじゃないかと思うほど。

外部から常にチェックが入って監視の目が及ぶような環境にしないと、日本の医療はますますおかしくなっていくばかりだと思う。

 

東京の看護師も酷いが、どこも同じらしい。

 

 

ご意見 5階西の看護師は、全体的に対応悪すぎです。態度も言葉使いも最悪。聞きたい事があり、NSに声を掛けても振り返るがシカト。看護助手の方が困っていた位です。声を掛ければ嫌な顔をされる。車イスの交換をお願いすれば「どれも同じだ」と言われる。何の治療しているのか聞けば「担当医に聞いて。私達は指示されてるだけだから」との返答。他の家族の方も看護師に声をかけられないと言っていました。何故、看護師の顔色をうかがいながら声を掛けなければいけないのですか?ひどい言われ方をし、ショックを受けていたご家族もいて涙流していましたよ。5階西は最悪とのウワサを聞いていましたが、本当にここまでひどいと思いませんでした。3階西は、とても良い看護師さん達ばかりなのに、5階はひどい看護師の集まりですね。又何かお願いすれば看護師同士でコソコソ話し出し、家族を指示し嫌な顔。実際看護師が「○○○号室の家族めんどうだ」と言っているの聞きましたよ。私が居たの気づかず話していたのでしょうね。そんなに嫌なら働くなと言いたいです
回答 ご不快な思いをおかけし、申し訳ございません。患者・ご家族の対応につきましては、不安な思いを抱くことがありませんよう、スタッフ間の連携をとり、しっかり対応させていただきます。貴重なご意見を真摯に受け止め、安心して入院生活を送っていただけるように努めてまいります。

 

看護部紹介

※平均年齢30.7歳のとてもフレッシュな美人ナースが勢揃いで笑顔あふれる、さわやかな病棟です。
忘年会では、皆で女子高生になりきり「セーラー服を脱がさないで」を踊りました・・・。
楽しい病棟です

http://www.city.wakkanai.hokkaido.jp/hospital/sinryou/kangobu/

 

ご意見 あなたは何故医者になったのか聞きたい。患者の気持ちを考えた事ありますか?いきなり「末期のガンだから手術も出来ないから」質問すれば「後は看護士に聞いて」との返答。゛治療して頑張りましょう゛等の言葉なく「治療しても1~2ヶ月だから」と無表情で言われる。死を宣言された患者の気持ち等、全く考えようともしていません。突然宣告され、本人がどれだけ苦しみ、悲しんだか分かりますか?最後まで私がみますと言っておきながら、次の日には担当医が変わり、しまいには「似た様な患者が沢山いるから別の病院へ移って」と言われる。見離されたと本人も家族も精神的ショックを受け大変でした。あなたにひどい事を言われ続け精神的にやられ、うつになったり、一時的に言葉が出なくなった方が沢山いるのを知ってほしい!!病気を治す所か、家族にまでひどい事をしているんですよ!!!自分の言動をしっかり自覚すれ!!医者だからえらいのか!?ふざけるな!!あなたは全てにおいて医者失格、人間としてもうたがう。何が最後は緩和ケアだ!!全く緩和ケアなどされず、最後の最後まで苦しみ、どんな思いで亡くなっていったか…本当にあなたを許さない。あなたも同じ立場になれば、やっと患者の気持ちが分かりますか?そうならないと、今後もわからず患者と接していくのでしょうね。あなたを良く思っていない患者、家族が沢山いる事を知って下さい。
回答
ご不快な思いをおかけし、申し訳ございません。医師の特定はできませんでしたが、頂いたご意見を当該部局へ回覧いたしました。今後とも、医師を含めた職員には、患者さんの視点に立ち、親身になって接するよう指導を継続してまいります。

 

ご意見 午前中、外来で会話したナースの態度が最悪だった。名前は○○という人だったと思います。返事も嫌な感じで、他の人(ピンクの服を来たひとに、グチグチ言ってて見ていてもイヤな光景でした。どんだけエライんでしょうか?○○って人は。
回答 ご不快な思いをおかけし申し訳ありません。
すぐに本人と面談を持ち、これまでの経過の調査や患者さんへの対応の評価を行いました。
本人も今回のご指摘を受け大変反省しております。今後は患者さん・ご家族の方のお気持ちに寄り添った対応を心がけ言葉使いにも細心の注意を払ってまいる所存です。
看護師には、日頃より接遇マナーの向上を呼びかけ、いただきましたご意見はすぐに取り上げ配慮ある対応を心がけるようにしております。
今回のご意見を真摯に受け止め、思いやりのある対応を実践できる看護師育成に一層努めてまいります。

 

とても楽しそうな職場ですね(皮肉)

 

 

 

 現代の看護

 

 看護師自身の人間性も人生経験も乏しく、心の豊かさ、人生の辛さも悲しみも本当の幸せも知らない、家族も持った事のない、専門馬鹿の非常識教養もない小娘が分かった様なふりをして、緩和ケアのQOLだのグリーフケアだと偉そうに晩年の老人の人生を評価する様は、激怒の感情すら湧いて来るものだ。

 弱者に対する優越感と、後輩や格下と見なす職に対する優越感、自己満足、過度な承認欲求、自分勝手な思いで、患者に対する無理やりのオレオレ看護の押し付けなのだ。

 極端な話、緩和医療における真のQOLとは、何もしない事である。患者に好きなようにさせる事である。真のQOLとは医療が偉そうにノコノコ出てきて口出しする所では絶対にないのだ。個人の人生観、哲学、宗教、倫理観、家族の問題である。究極的な緩和ケアとは法規制を撤廃し海外の様に尊厳死と薬物(モルヒネ系のヘロインでも良い)の使用を自己の判断で認める事だろう。医療は偉そうな態度の癖に何もできない。

 医療者は謙虚に人生の先輩に頭を下げてその生き様から黙って学べ、と。せっかく、医療という現場に近い所で、人の本性をかいま見る事が出来る現場でお前ら何も考えていないのかと。患者から病を学ぶ謙虚な姿勢がなくて何が出来る。そんな調子に乗った馬鹿達に独り善がりな看護や医療や死に方を押し付けられ、人体実験さながらに手術の練習台となり、管とポンプで生かされ、ガキ扱いされ世話してやってる感を押し付けられて情けない気持ちになりながら医療者の自己満足の為に病院で最期を迎えるぐらいなら、人は、私は尊厳を保ったまま病院ではなく、自ら安楽死尊厳死を選ぶ。

 

  ナイチンゲールが晩年、病院なんてなくなるべきだ、と言ったのはまさにこのことゆえなのだ。当時、看護の本質を見抜いていたナイチンゲールは「言葉で説明させなくとも他者の感情を読み取れる、という能力が無ければ看護なんか辞めるべきだ」とも書いた。

 弱者を相手にしてお前の生殺与奪権は自分が持っているんだぞ、という権力の快感、万能感を感じてしまう類の人は本当に怖い

 単に医療制度という場にいて役割を与えられた歯車にすぎないにも関わらず、最終的には、自分が「生かしてやった 」と、そういう方向への坂道を転がっていく。

 昔から上から目線の横暴な医者は居たし、それに対する歯止めとなって患者の尊厳・権利を守る気骨のある看護師も多かったが、今や看護師たちが医師に媚びるばかりで、そういう医者と一緒になって傲慢に周りを見下してしまうようになったことに非常に危機感を覚える

 そういった勘違いして、看護師は偉い、医者と対等、同等、と主張する看護師が非常に多い。患者に医者より偉そうに振る舞う輩もいる。だから全方位から看護師はバカにされるようになってしまったのだ

 

  家族が入院患者を見舞うのは、病院で看護師に動物扱いされたりネグレクトされていないか、嫌がらせや虐待されていないか心配で、なんてことが普通になる世の中では本末転倒、世も末だ。 

 

件名:皆さん、どう感じていますか?


私は、一般企業で社会人を務めたのち看護師になりました。

年齢が30代だったので、新人から民間の病院に勤めています。
看護師って、一般社会では通用しないようなパワハラが公然に行われている環境のように思えます。

また私は以前も、サービス業界で働いていたのですが、看護師って
プロ意識が低いような気もします。
仕事でお給料をもらっているのだから、裏では辟易していても
お客様の前に出る時は、意識を変えて笑顔で接客します

でも看護師って、平気で患者にも高圧的にふるまう人もいるし
スタッフ間でも、嫌味やそしらぬ顔で協力の「き」の字も感じさせない人が多いと感じます。

他職種の人って、サービスってプロ意識で考えてるんです。
よく看護師はサービス業じゃない!と言う方いますが、
サービス業じゃ無くても患者への対応は、治療の一環だと考えられてる方って少ない気が・・。  サービスじゃなくても、看護師の対応って治療のプロセスだと思うんです。自分の対応が治療の一環だとも理解できないプロって、プロですか? 

パワハラなんて、今どき考えられない状況が暗黙の了解みたいにはびこってるし。
あと看護師の方って、特権意識が強い方が多いとも思います。
何か看護師は、特別な職業で、それを行ってる自分は優れているみたいな。

自己愛型・境界型に近い人格の方が多いと思えます。
自己掲示欲の強い・支配的・幼稚な自己愛性質・勝ち負け思考が強い。
弱っている人に寄り添うこと、本当に考えているのか??と思う人が多いです。

スタッフも人間ってこと、考えて無い人も多いように思います。
何かと競い合う性格の人も多い!
こちらの掲示板にも書かれてますが「知らないの?」とか
いういじめ。 ヒドイ人は人間を「使えない」とか言っちゃってます。
今自分が知っている事が、世の中の1部分だなんて考える賢さもなく
すべてのことを知っているかのように思い込み、他者を馬鹿にする人達。
一生知らない事はある・・。という当たり前なことも考えつかないで
自分に新人の頃があった事も忘れて、ただ自分の自己満足を満たすために
他者を馬鹿にする、謙虚さも賢さも無い人が多いと感じます。

人間の深い部分に携わる看護師が、スタッフをいじめる。。
私は留学の経験があるのですが、日本人は感情の処理が下手だと思います。
看護師は職場で、スタッフをいじめたり、嫌味を言ったり
仕事場で、個人の感情の処理をしてしまう人が多いと思います。
それこそ看護師なんだから、セミナーにでも行ってきなよ!と思う人が多い。
仕事と個人の境界線が、曖昧な人も多数いると思います。
感情の処理と、傾聴もままならない人も多い
へたしたら看護師より営業職の方の方が、傾聴が上手い人っています。
看護師って他の職種の人達も、看護師と同じくらい
同じような気配り・心配りしながら仕事しているって、認識してないと思います。
他職から看護師になったので、いろいろ気がつきます
ずっと看護の世界にいると、視野が狭くなりそうで怖い。
趣味でなるべく他職の方たちと、交流をもつようにしています。

夢を持ち看護師になりましたが、看護師っていうだけで
人間性を磨こうとしている人、少ない気がします。
仕事の知識・技術って必要だし絶対大切だけど
この仕事、心を磨くことも本当に必要なスキルだと思うのですが。
幸い、数人は思うような看護師に出会えましたが
本当に少ないです。
そんな先輩は、本気で尊敬しています。
こんな環境で、心を見失わずにいるなんて
自分に厳しくなくちゃできませんから。

私もそんな看護師になりたいけど、なんだかなー??です。

看護師になって思った事。
古い・・。 教育に対する意識が古く、体育会系のノリ
甘い・弱い・などと、人のいろいろな側面を見ようともせず、
人の人格を傷つけるようなことを、平気で教育だと思い込んで言ってしまう人が多いと思います。

極端な思考の方・2者択一みたいな思考の方も多い気が・・。
看護師も人間だから、弱る時もあるし、元気の出ない時もあります。
そんな疲れた同僚にさえ、思いやりを示すこともできない人達。

看護師って学生の時から、個別性とか勉強させられるのに
思いっきり自分の価値観でしか、他者を見ることができずに
患者の痛みにさえ「あれくらいでうるさい、少しは我慢しなさいよ!」などと言ってしまう人。

勉強、って、いったい何を勉強してるんだろう??と思ってしまう。
机の上の勉強はできるのかもしれないけど、人としてどうなのよ??と思う人多数。
他の書き込みにもあるように、看護師なのに
メンタルに理解のある看護師って少ないと思います。

はっきり言ってメンタルの悩みがある人に
「気が弱いとか、甘い」とか言ってる時点で、看護師として
もっと勉強したら? と思っちゃいます!
このような発言をする人って、ただ思いやりが無いだけなんです。

でも自分に思いやりが欠けてる・・なんて想像もしてません。
自分は強い!と思い込んでいます。
確かに元来、メンタルに強い方いると思います。
でも、人としてメンタルが弱くなってしまう時がある。と思いつける思いやりが無いんです。 だから、平気で弱ってる人に、傷に塩をぬりこむようなことが言える。
それに強い!と自負してる人は、その強さで他者を守れば良いものを
その強さで、人をつぶしている人が看護師には多い気がします。
ただ、人を傷つけて、私は強いの!って、それじゃあ独裁者です

他の書き込みで、精神科外来の受診者は看護師がダントツに多いと読みました。
ビックリしましたが、ありえるな〜。。と納得してしまいました。

書き込みを読むと特に新人さんの、適応障害やうつが多いですね。
私はおばさんですが、今の若い方は感受性が強いと感じられます。
感受性が強いと、いろいろなことに神経が反応してお辛いと思います。
個人の特徴も把握しようとせずに、ただ嫌味を言うだけの
人として思いやりに欠けている人の言うことは、真に受けなくていいと思います

看護師の面白い特徴として
「私の頃は厳しかった!こんなんじゃ休まなかった!
いじめられたけどたえた!」など、武勇伝が好きな人も多いです。
まぁ、その方がヒドイ状況に耐えられて生きてこられたことは尊重しますが
されて嫌だったこと、なぜそのまま人にしてしまうんでしょう??
たいてい、そのような人が言うのは
「だから、これぐらい何よ!」と言う、思いやりの無い言葉。
辛い思いしたから、その思いを優しさに変えようともせず
辛い思いしたから、他人にも辛さを与えるタイプが
看護師には多いと思います。

私もおばさんですけど、嫌な思いしたから
若い子には、嫌な思いしないで看護師になって良かった!と思える環境に
してあげましょうよ? と思ってしまいます。
看護師の仕事は、素晴らしいと思っています。
だから、なおさら、仕事は好きだけど
環境や人間関係で看護師を辞めてしまう人がいるのは悲しいです。

上に書いたような、感受性の強い方は他者の気持ちに共感できることが得意ではないでしょうか?  良い上司やスタッフに恵まれれば
患者に共感しながら、仕事をこなせる看護師に成長できると思います。
共感力の高い看護師は、優秀だと思います。
患者が求めてる援助は、共感力が無ければ与えられないと思います。

思いやりの無い大人は、1人の人間の可能性をもつぶしているなんて
自覚も無いのでしょう。
こんな気持ちになってしまう、看護師の職場。

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ただ私が伝えたかったことは、他職種の人々も
看護師とそんなに変わらぬ条件や、意識で働いていること
でも、看護師は病に弱った人々に携わる仕事で
人の心・人間を最も理解しながら働く必要のある業種の1つではないのでしょうか?

そのような業界で、人間性を疑ってしまう人が多いと感じるのは
やはり、私の偏見でしょうか?

確かに以前の業界で勤めていた会社は、人間関係に恵まれていたのでしょう。
ただし、言えることは以前の業界でも、休日出勤はありましたし
終電ギリギリの残業も多々ありました。
研修・勉強会も、一般企業にお勤めの経験がありましたらご存じでしょうが
それら研修などが、休日に行われることもありました。

私は、看護師の1部の方たちは
このような他職種の人々も、同じように悪いとも考えられる条件や環境の中で
働いている。その認識が、あまりに少なく、ゆえに看護師だけが
辛く・苦しい環境で働いている訳じゃあないとも言いたかったのです。
知人にも、自らの失敗で数えきれないほどの人々に影響を与える仕事をしている人もいます。
仕事は多かれ、少なかれ、必ず人に影響を与えるものです。
世の中の仕事は、必ず人に影響を与えるものです

その上で、私の勤めていた企業になりますが
人間関係の改善のために、面談もありましたし(問題が起きていなくても)
そのような歪みが、お客様へのサービスの低下につながると認識していましたので
みな個人的な相性などは、社会人として置いておき
仕事に、お客様に対しての対応にプロとして接していたんです。

看護師の方は、良の中全体からの看護師としての役割・あり方に
うとい方が多いと感じたんです。
匿名様、私は今年で8年目の看護師ですが、やはり新人でしょうか?
何年働いたら、新人ではなくなるのでしょう?
新人でも、いろいろと考えて働いてますし
気がつくことが長年居る者よりも、新しい視点から話をしてくれることが多いので
私は、新人の話す内容に注意を向けて聞いたりしています。
新人ということで、視野が狭いのは嘘だと思います。
それこそ人柄です。

私自信看護師ですが、上をふまえて
看護師の環境・条件を挙げては、看護師として、または人として
人をいじめる理由・人の心を傷つけていても、それが教育のような考え方のまま
看護師をされている方が多いと思ったのです。
私は、看護師の労働条件を挙げて
人に優しくできない、と言うようなことを言うのは
ただの言い訳で、自分の人格・自分の性格をただ省みていないだけだと思うのです。

思うのは、みなさんがホテルにでも行き
そこのスタッフの雰囲気が悪かったり、対応が悪かった場合
ホテルのスタッフが「だって、忙しいんだもん」 「疲れてますから」などと
職場の条件や環境などあげつらい、話してきたとき
その対応に納得できますか?
仕事って、そうゆうものじゃ無いと思います。

私の尊敬する先輩ナースは、決して労働条件を自らの行いの言い訳にはしません。
だから、尊敬しています。
私が新人の頃からのおつきあいですが、
新人だから・・。とたしなめられた事もありません。
いつも、私の話す内容に心を傾けて話を聴いてくれました。

匿名様、本当に個人の人格にかかっていると思います。
一般企業でも、やはり個人の性格・人格の部分で
教育がままならず、苦しい思いをしたことがあります。
しかし、この場合先輩として考えるのは
その後輩には、どのようなアプローチが良いのかと言うことです。
後輩の性格を考慮し、自らのアプローチを変えなければ
教育できませんから。
後輩の性格を言い訳にしたら、教育になりません。

これらのように、言い訳をする方が多いと感じるのです。
でもその理由が「看護師」だからです。
だから、疑問なんです。
匿名様、質問にも書いたように
尊敬できる看護師もいます。
こちらに書かせていただいた疑問も、職業というよりも
1人の人間の問題が、大きいのでしょう。

でも、私も看護師です。
看護師を選び、看護師で働いている時間は
嘘でもいいから、優しさを演じてほしいと思うのです。
人間だからスタッフに、良い意味でも悪い意味でも甘えてしまう時もあります。
そんな時は、看護師の仮面をとって
人として「ありがとう」や「ごめんなさい」が言えるのが人間ではないでしょうか。
それに社会人なら、スタッフ間のコミュニケーションも仕事のうちです。
スタッフ間で円滑に業務をいかせることを考えるのも
業務内容の1つです。

私は「看護師」と言う肩書きに甘えてる人が多いと思ったのです。
「看護師」だから、で済ませられる部分と
済めせられない部分があるはずだと思うのです。

私も看護師ですから、この仕事の大変さは十分承知です。

伝えたかったのは、職場のことではなく
看護師の資格を持つ人の「看護師」という仕事の認識です。
先に特権意識と書きましたが、なぜそう感じたと思いますか?

それも書いたように「看護師」と言うのは、世の中の1つの職業です。
他の仕事より優れているわけでも、特別なものでもありません。
仕事はすべて、世の中に役だって存在しているものです。
職業は世の中で、機能別に働いていて、必ず人の役にたっています。

でも、看護師になって思うのは
看護師という機能が、1つの世の中の職業であり
その機能が「看護師」という名称だと考えておられる方が少ないように思えたのです。

国家資格だからでしょうか?
「看護師」という名称の機能よりも、「看護師」という名称で
1個人の人間そのもの「看護師イコール私」と振る舞う方が多いと思うのです。
それも純粋に機能としての看護師というよりも
「イメージの看護師」です。

本当に「看護師」イコール1個人ならば、スタッフや新人をいじめたりしないでしょう。
弱っている同僚にさえ、多いやりを示せないのは
もう看護師という名称の問題ではありません。
やはり、それは1人の人格の問題です。

でも、それこそ医療現場なのに、医療現場の同僚に対して
思いやりの心も示せないような人柄の人が多いと思ったんっです。
私が感じて投稿させていただいたのは、環境の問題では無く
「看護師」という職業を選んでいる方の「意識」です。

看護師の仕事が好きでも、看護師を辞める人達は何で辞めていくのでしょう。
そこは、同じ看護師をしている自分たちにも、責任があるのではないでしょうか?

私は思います。 なぜ同じ思い・または同じ思いが無くても
同じ仕事をしている時点で、同じ辛さや苦しみを味わった者同士
思いやりあえないのか。

看護師のプライドって、何なんでしょうか?
他の看護師より、優れていることなのでしょうか?
そう感じる看護師の方が多いと思ったんです。

匿名様、
「あなたの知った状況・経験でしか価値観を確立していません」と言われました。
このような事を、私は伝えたかったんです。

匿名様も、この私の質問でお返事をしてくださいました。
匿名様も、私のことを新人だと思い込み
この文章のみで、私の価値観に偏りがあると判断されました。

そうです。 人は限られた情報の中で
自分の価値観・考え方で判断を下し、事を運びます。
だから、他者の価値観や感覚などを大切にできないのか?と思うのです。

私も匿名様も、何かが正しくて、何かが間違えているんです。
このような考え方が、医療者「看護師」には、特に必要なのでは?と思うのです。
でも看護師は、他者の価値観と共にという姿勢より
自分の価値観を、人に押し付ける人が多いと感じるんです。

看護師は、常に緊張を強いられる仕事です。
だからこそ、思いやりが大切なんじゃないでしょうか?
自分の価値観だけで、相手の人格をも傷つけるかもしれない言動を
とる方が多いと思うんです。
その理由が、他者よりも優れている看護師でいたいと言うためになら
それこそ人格に問題があると思わざるおえません。
ただ多く目につくのは
「私は正しくてあなたが間違っている」といったような
態度をとられる方が、看護師には多いと感じたのです。

匿名様、そうなんです。
人間はいつでも、知っている状況・知っている知識・培った経験からし
判断できません。 私は、すべてのことを知っている訳じゃありません。
匿名様は、医療現場のことすべてご存じなんですか?
失礼かと思いますが、看護師の方には
「自分は、すべてを知っている」「自分は、すべてできている」と
思いながら他人と接している方が多いと思います。
違いますよね?
人間は一生かけても、世の中に知らないことがあるはずです。
一生かけても、できないことがあるはずです。
それに、生きているうちに知っていた知識や価値観が間違っていたと思うこともあるんです。
だから、1度築いた価値観や判断基準が
1生の価値観になるとも、判断基準になるとも言えません。

それに人間は、何十年経験しても、学べない人は学べないし
数日でも、学べる人は学べるんです。

判断も価値観も変化していきます。
良くも悪くも変化していきます。
でも、変化を良くしていくためには個人の「意識」しかありません
良くしようと意識せず、良くは変化しません。
でも、意識しないでも人って堕落していくものだと思っています。

匿名様が良いお返事を下さいました。 ありがとうございます。
本当に、職業と個人の認識・人格は仕方のないことだと思いました。

人格は、仕事をこなしていれば変化していくものじゃありませんでした。

 

医療業界は、特殊だと思います。

 

メッセージをいただき、読んでくださった皆様、ありがとうございました。

 

不適切なケア

 

日本の医療現場でも,医学の進歩や情報化社会の登場,また,医療事故の表面化による医療への不信感などから,長い間の医療者中心の医療から患者中心の医療への転換を求める動きが活発化し,患者が自分で生き方を選択する自己決定が求められてきている.こうした状況の中,ケアリングの概念が導入され,看護におけるケアリング,また看護基礎教育におけるケアリングカリキュラムが叫ばれてきている.

日本の医療現場において,ケアリングの概念はどのように理解され,そして,いきづいているであろうか.そもそも,日本の医療現場に患者個人の尊重という慣習が根づいているのであろうか.日本人は,個人の人権や個性より場や人間関係を重視し,その場における役割で行動するといわれる.このような状況においては,患者の個性の尊重が困難なのはもちろん,患者の当然の権利を守ることも難しくなってくる.既存の知識のみで患者の状態を判断し,患者に必要な援助,患者が望んでいる援助でさえも医療者が恣意的に判断してはいないであろうか.

日本の医療現場には,旧来,医師を頂点としたヒエラルキーが存在する.医師は自らの医療行為に看護師をはじめとするコ・メディカル(5)や患者が口を出すことを嫌い,看護師や患者もまた,医師に黙って従ってきた.医療のリーダーシップ,責任は医師のみに委ねられ,看護師は医師に委ねることによって,専門職である医療者としての責任を放棄し,患者は医療を受ける患者としての主体性を担うことを避けてきた.医師,看護師,患者が同等の立場で患者の個性を尊重した医療を行うことが困難な状況が長い間続いてきたのである.昨今,表面化してきている医療事故への医療者の対応を見ても,医療者は自らの過失あるいは怠慢によって患者に不利益が生じても,当然のことのように隠蔽し,患者の個性の尊重はもとより患者の当然の権利を守ることも不可能な状況を露呈している患者の健康回復のために存在する医療者が,患者の個性を尊重するどころか権利を守ることさえもできなくなる背景には何が存在するのか.そこには,日本の医療や看護の歴史も関係しているが,私の知見によれば,それ以上に日本人の人間関係のあり方が大きく影響している.

...

援助時に大切な,患者は今どのように感じどのような援助を受けたいと思っているのかということを患者本人に確かめることを怠っている.そこには日本人に特有の自他の同化が現れている.「患者は今このような状態である,従って,このような援助をしてもらいたいはずだ」という自己の思いが,そのまま「患者がこのような援助をしてもらいたいと要望している」という患者の思いに変化してしまうのである.自他の同化に加え,日本人の「察する文化」がいっそう事態を悪化させている.看護師は,患者A本人から体を拭いてほしいと言われなくても,患者Aの要望を察しなければならない.察することができることが良い看護師なのである.もちろん,言葉だけに頼らず相手の様子や状況から察するという能力は看護師にとっては必要である.しかし,大切なことは自分が察したことを必ず患者が望んでいるとは限らないということである.看護師と患者は別の人格であるから,同じ状況に置かれても感じ方も考えも同じになるとは限らない.患者Aを尊重して援助をしたいのであれば,患者A本人への確認をしなければならない.しかし,自他が同化している看護師の場合,患者A本人への確認という一番大切な行為がすっぽりと抜け落ちてしまうのである.

...

しかし,前述したように,看護師が自他を同化させ,看護師の思いだけで看護が押し進められる場合,そこにケアリングはありえない.患者Aのように,自分の意志を表現できる人でさえこのようなことが起こってしまうのであるから,自分の意志を表出しない,あるいは表出できない患者の場合,尚一層ケアリングは難しくなる.患者の意志ではなく看護師の判断によって看護が提供されてしまう.そこにケアリングは存在しない

...

「場」の重視は医師のみならず患者にも向けられる.医師に対しては,看護師が「従順に振る舞う」という形で現れるが,患者に対しては,看護師が「従順さを要求する」という形で現れる例えば,前述の患者Aが担当医のことについて看護師Bに相談してもいっこうに状況が変わらないことに腹を立て,看護師Bに強く抗議したとする.この場合,患者Aの行動は,患者としての当然の権利を主張しただけである.しかし,日本の場合,医療者に対して強く要望したり抗議したりする患者はまだ少ない.従って,看護師が,患者Aの行動を当然の主張ととらえるよりも,医療の「場」の安定を壊した気難しい患者として受けとめる場合もある.「場」の重視の前では,「場」の安定のために患者に我慢を強いる,「従順さを要求する」ことになり,患者の健康回復を支援するという看護の目的は二の次になってしまう.「場」を重視する行動はケアリングの確立を困難にする.「場」を重視する場合,第一に優先されるのは「場」の保全であり,医療の本来の目的,つまり,患者の健康回復,患者の利益の確保が最優先されない危険性がある.看護師は専門職者であり,患者の健康回復のために自立した行動をとることによってその役割を果たす.医療者は専門家集団であるから,各専門家がそれぞれの見地から援助を行う.時としてそれぞれの意見が相反することは必然的に起こる.その場合,よく議論し,患者の健康回復のために最善の援助を選択し,各専門家が協力して医療を行う.これが医療者の専門職者としての自立である.しかし,この時に「場」を重視してしまえば,患者のために議論するより「場」の保全のために妥協することにもなりかねない.これは専門職者としての責務を放棄したということであり,そこに専門職者としての自立はない.「場」を重視し「場」の保全を第一とする集団の中では,ケアリングの実現は非常に難しい.

...

従って,ケアの受益者である患者の個性の尊重なしにケアリングはあり得ない.日本において患者の個性の尊重が難しい原因は,患者の自己主張の希薄性とともに,看護師が患者の個性を尊重できないことがあげられる.そこには看護師の人間観が大きく関与する.看護師は,医療者の中でも患者の側にいる時間が長く,日常生活面の援助という直接的な援助を行う.看護師は,心身機能が低下した,あるいは低下していく患者を目の当たりにする.自分で食事を摂れない,自分で排泄することができないといった患者を目の前に,患者を一人のかけがえのない成長する存在として受けとめることが困難になることはないだろうか. 看護師が患者に向き合い,対話し,患者の意志を確認するという行為そのものが,患者の自己主張を促す行為であり患者の存在を認める行為である.患者は,罹患することによって,年を重ねることによって,それまでは容易にできていたことが,次第に,あるいは急激にできなくなる.この体験は,自己の存在基盤を揺るがすことであり,患者本人が自己の存在の尊さを認められなくなってしまう危険性がある.

従って,このような状態に陥った時に,他者から尊い存在として認められ自らの意志を尊重した援助を受けることは,自己の存在意義を認められるということであり,自らが自らを尊い存在として受けとめることに繋がる.従って,患者がどのような状態であっても,尊い存在,かけがえのない存在として援助すること,患者の意志を尊重した援助をすることが非常に大切になってくる.患者が次第に機能を失っていく場合は,患者の元気な頃の様子を知っており,まだ患者を尊い存在としてみることができるのかもしれない.次のような場合は,もっと難しくなる.

...

しかし,日本には確固たる人間観というものが存在しない.個人を尊重するという風土もない.少なくとも長い歴史をもつ伝統としては存在しない.従って,心身機能が低下した患者を尊び,成長する存在として受けとめることが難しくなりはしないか.

...

そこに看護師の自他の同化が加わる.「患者はこのような状態なのだから,きっとこうしてほしいはずだ」という看護師の一方的な思い込みで援助が行われれば,そこに患者の意志が反映される余地はまず,ない.患者は自分の意志を尋ねられることなく,自分に対してなされる援助を受動的に受け入れることになる.もちろん看護師は,それまでに学習した知識や自らの体験をもとに患者のために最善と思われる援助を提供しようとする.しかし,この世に一人として同じ人間は存在しないし,同じ人間であっても常に同じ状態ではない.従って,看護師が,患者を一人の人間として尊重し,患者は何を考えているのか,看護師に何を望んでいるのかということを確認し援助するという姿勢がなければ,患者のケアリングはありえないのである.

...

看護師が患者に向き合い,対話し,患者の意志を確認するという行為そのものが,患者の自己主張を促す行為であり患者の存在を認める行為である.患者は,罹患することによって,年を重ねることによって,それまでは容易にできていたことが,次第に,あるいは急激にできなくなる.この体験は,自己の存在基盤を揺るがすことであり,患者本人が自己の存在の尊さを認められなくなってしまう危険性がある.従って,このような状態に陥った時に,他者から尊い存在として認められ自らの意志を尊重した援助を受けることは,自己の存在意義を認められるということであり,自らが自らを尊い存在として受けとめることに繋がる.従って,患者がどのような状態であっても,尊い存在,かけがえのない存在として援助すること,患者の意志を尊重した援助をすることが非常に大切になってくる.

ケアリングはケアの受益者である人の成長を助ける,あるいは,その人のもつニードに対して援助し,その人の人間としての条件や生活様式を高めることにある.そのためには,その人,つまり患者に対して看護師が向き合い,患者を一人のかけがえのない存在として尊重し,患者の意志を尊ぶ看護を提供することである.医療の主役は患者である.看護師がこのことを自覚し,患者中心の看護を提供しないことには,真のケアリングは実現し得ない.

患者を尊重すること,患者の意志を尊重することがケアリングの第一歩である.では,医療者は患者の意志をどのようにして理解するのか.それはまず医療者が自己と他者は別の人格であることを自覚することである.その上で患者がどのように思っているのか確認を行う.西欧の場合は,個人の人格が尊重されているから,患者も要望を主張するし,医療者も患者の意志を尊重する.しかし,日本の場合は,Ⅰで述べたように自他の同化,主客未分になりやすいので,医療者は自分が考えた患者の要望をあたかも患者本人から出された要望のごとく考えてしまい,患者への確認なしに援助してしまう危険性がある.医療者は医療に関する知識や技術を学習しているのであるから,患者の要望を察することは長けているかもしれない.しかし,患者と医療者は全く異なる役割における人間である.また,人は常に変化しているのであるから,同じ患者が同じ状況下に置かれても全く同じことを考えるとは限らない.察することには限界があるのである.

...

主客未分を自覚しえない医療者は自分の感覚を患者に押しつけ,患者がどのように受けとめているか患者本人に確認することが難しい.また,主客未分の患者は,自分の要望をわかってもらえるだろうという思い込みから,医療者に自分の要望を伝えない.この双方の自立し得ない状況はケアリングを難しくする.医療者が自分の考えを患者に伝達せずに援助を行い,患者の反応が予想に反していた場合,何故そうなのか自らを省みることができる場合は良いが,主客未分の状態にある人は,そこに立ち止まって自らを省みることさえも難しい状況になる.危険なのは,患者の反応が予想に反している場合に,その原因を患者に押しつけてしまうことである.自分は一生懸命に援助した.従って,患者から望ましい反応が得られるはずである.しかし,患者の反応は自分の予想に反していた.従って,悪いのは患者である.という自分勝手な正当化の構図が完成してしまう.このような状況では,もうそこにケアリングはありえない.

従って,医療者は自分が主客未分の状況に陥りやすいということを自覚して行動していく必要がある.自分と患者は立場が全く異なる人間であるから,まず患者に要望を尋ね,その要望を実現すべく行動する.医療者が患者と接して感じたこと,患者の状況をみて患者の健康回復を促進させるために必要だと考えたことを,患者に伝え,患者と認識を共有した上で医療を提供していく必要がある.

 

日本の医療現場における《患者-看護師》関係の特性
http://atlantic2.gssc.nihon-u.ac.jp/kiyou/pdf04/4-368-379Shiratori.pdf

 

 

 

医療におけるケアの双方向性とsupportという
あり方について―メイヤロフのケアの概念から
石川洋子(旭川医科大学


http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/51877/1/05_ishikawa_oyorinri_no5.pdf

 

ケアは人間という存在についての根源的な概念である。ケアという言葉が語られる時、その肯定的な側面――成長、自己実現、あるいは共感、配慮といったケア提供者の心情や態度――が強調されやすい。そして教育、医療、介護、福祉などの対人関係を主とした多様な領域で扱われる。本稿ではケアが論じられる様々な実践領域のうち、医療におけるケアについて考察する。まず、一般的なケアについてその言葉の語源に遡って人間存在の根源とされる所以を確認したうえで、ケアすることについて哲学的な説明を行ったメイヤロフ(Milton Mayeroff, 1925-1979)のケア論を概観する。次に、医療におけるケアが一般的なケアと異なり、対人援助技術であることをふまえ、医療におけるケアが双方向性でなければ不適切なケアとなることについて述べる形で論を進める。


一般的に、医療を受ける患者は弱者の立場である。患者は医療者と同等の医療に関する知識を持っていない。さらに診療の初期段階においては、患者は、初対面の他人である医療者から医療を受ける立場である。その意味で患者は弱者であると言える。けれども、医療者と患者は立場と役割が異なるだけで上下関係や服従関係にはない。また、医療者は患者に施しとして医療を提供するのでもない。他者に施しを与える関係は強者から弱者への一方向性の関係である。医療者は患者の健康問題において患者をたすけるのであり、このような医療は双方向性の関係でなければ成立しない。

患者は体調の悪化や苦痛を伴う症状を自覚することによって医療機関を受診する。医師は患者を診察し、患者にとって何が必要なのかを医学的に判断する。また医師だけでなく様々な専門領域の医療者も協働し、患者にとって最善の治療を検討する。そうして患者に提示された治療は、患者の同意を得て行われる。通常、医療はこのように進められ、その過程においてコミュニケーションを必要とし、医療者から患者への一方的な関わりでは成立しない。なぜなら、医療者は患者にとって最善と思われるものを目指して医療ケアを提供するからである。医療者が最善と思うものは医学的価値観に基づいている患者にとっての最善は、医学的価値観ではなく患者個人の価値観に基づいて決定される。だから医療者は患者の意思を確認する必要がある。同様に患者も、医療者が自分の体験する症状や苦痛を理解しているか、自分が希望するケアを提供してもらえるかについてコミュニケーションを通して確認する。こうして、ケアする人とケアされる人との間には、互いに関係をもとうとする自由な意思が存在することがわかる。このケア関係には対人援助者としての姿勢と態度が不可欠である。


医療者は医師、看護師、薬剤師、放射線技師、臨床検査技師ソーシャルワーカーなど、それぞれの専門領域に特化した専門職集団である。ケアする人が集団ならば、ケアする人とケアされる人の関係は、お互いが正面から対峙する構図のみと決めつける必要はない。ケアする人がケアされる人の側面や後面からたすける構図も考えられよう。むしろ医療現場のように複数の専門職者が協働する場合は、ケアする人はケアされる人を多方面からたすける(support)という立ち位置の方が柔軟性に富んだケアを提供できる。


help ではなく support を
メイヤロフのケアの概念において、他人を「たすける」と表現する単語は “help” である。一方、筆者が考える対人援助技術としてのケアを表現する単語は “support” である。筆者が医療におけるケアにおいて述べてきた「たすける」ことは、「援助する」ことと同義であり、「ささえる」ことでもある。なぜ対人援助技術としてのケアが “support” なのか。土屋貴志の「ささえる」ことの根柢にあるべき原則13 を参考に説明する。

土屋は「ささえる」ことの第二の原則として、その人が心身の危機状態から立ち直る回復力、判断や同意を与えることができるようになる潜在的能力、成熟した人間になっていくという成長力など、広い意味での「可能性」を信じることを挙げている。医療者は、患者の「能力」を信じないことによって患者のできないことを代わりにすること(to help)をケアとして提供してしまうことがある。これについては後に詳述するが、患者の「能力」や意思を尊重しないケアは一方的なケアの提供につながりかねない。“help” は積極的な助力を意味する。もちろん、医療において積極的な助力を必要とする場面は多い。しかし患者の「能力」を信じるという原則に依拠し、医療者のケアに臨む姿勢を含めた援助について表現する語は、“help” より “support” が適切である

医療者は医療を実践する専門家であり、医療の非専門家である患者に対して医療の内容を説明・提供するという役割を担っている。だがそれは、医療者が医療という特定の分野における専門家にすぎないということである。同じ疾患を持つ人であっても、それぞれの患者はまったく別の人生を歩んでいる。そしてその人生はその人だけの人生である。医療者は人の人生においては非専門家である。医療者が推奨する医療は医学的判断・適応に基づいて判断され、医療者自身の価値が少なからず反映している。その医療を受けるか否か、また推奨された医療が患者の人生においてどのような意味や価値を持つかを決めるのは、患者である。医療者が専門的知識の範疇を謙虚に理解し、病を持った一人の人である患者へ向けられたケアは、“support” である。


不適切なケア
医療におけるケアは「ケアすること」の関係性に基づいて提供されるものであり、医療者は患者を一人の人として尊重しなければならない。だが医療者と患者というケア関係は非対称性を免れえない。そのためにケアが双方向性であること、“support” という援助のあり方が重要である。本章は、ケアの双方向性と “support” という態勢が失われることによって医療におけるケアが不適切なケアになることを中心に述べる。

一方向性
医療におけるケアは対人援助技術という専門技術である。専門技術としてのケアは、教育機関において高度な学習に基づき習得された技能でなければならない。医療者はケアを必要とする社会の要請に応えるために、自ら継続学習や研究を行い、ケアを提供する能力の向上に努める。そうして人々は、医療者が専門技術を身につけているという信頼のもとに、医療者が提供するケアを専門的知識と判断に基づき保証されたものとして受け入れる。だがその一方、ケアの専門化によって惹起される問題もある。ケアする人が専門職であることによって、ケアされる人は受動的な立場に置かれやすくなる医療者が専門職であることが、却って双方向性の関係によるケアの成立を難しくさせる。特に専門職という権威によるケアの提供は、ケアされる人との関係が上下関係となり、双方向性の人間関係の構築を難しくする。

双方向性の関係に基づかない医療ケアは、強者から弱者への一方向性のケアである。医療ケアが双方向性の関係に基づいている限り、仮にケアする人が相手の望むケアを提供できなかったとしても、ケアする人は自らが提供したケアの結果をケアされた人の反応として受け取ることができる。ケアされた人の反応は、ケアする人に提供したケアの評価・反省を行うこと、適切なケアの提供について再検討することを要求する。しかし双方向性の関係に基づかない一方向性の関係によるケアの提供は、ケアされる人の反応を無視する。一方向性のケアをキャッチボールに譬えてみると、ボールの方向、速度、強度などを考慮しない、あるいは相手を見ずにボールを投げるようなものになる。相手を見ないキャッチボールはキャッチボールとして成立しないように、一方向性のケアはケアとはいえない一方向性のケアは、ケアされる人にとって迷惑やお節介、時には暴力となる可能性が考えられる。たとえば吐き気のある人にとって、背中を擦ってもらうことは必ずしも効果的なケアではない。気分が落ち込んでいる人は、誰でも励ましの言葉をかけられることを望んでいるとは限らない。ケアする人は、ケアされる人が何を必要としているか、どのようなケアを望んでいるかについて十分に配慮しなければならない。なぜなら、ケアとは相手のニーズに応答するものだからである。

相手を尊重しない
相手のニーズに応答しないケアは相手を尊重していない。医療ケアは患者の健康上の問題を解決するための行為である。ただ、患者の中にはたとえ自分の健康上の利益を損ねるとしても、貫きたい信念や価値を持つ人がいることも事実である。原敬は、がんの終末期においては、痛み治療の準ルーチン化によって患者の意思が尊重されないことがある14 と論じている。痛み治療は患者の主観的評価に基づいて行われ15、安静時でも痛みを感じないことを治療の目標にする。しかし原が提示する事例は、夜中に目覚めたときにズシンと感じる痛みを残してほしいと希望する。その理由は、痛みのない快適な生活によって自分は長生きできるかもしれない、と期待してしまうためであるという。この患者は時折感じる痛みは不快であるが、痛みを感じることによって死を遠ざけず、意識することを望んでいる。医学的価値に基づくならば、痛みなどない方が患者は快適なはずである。けれども、この患者の痛みを残してほしいという希望は、近い将来避けられない自分の死を受容しようとする意思なのである。

ところで、メイヤロフが述べるケアはその人が成長すること、自己実現をたすけることであった。メイヤロフのケアにはどんな状況でも成長し続ける存在としての人間が前提となっている。

先の終末期がん患者のように、次第に身体機能が蝕まれて死にゆく人々に直面する医療者の現実は、人間は絶えず成長し続ける存在という前提と一見馴染まないように思える。人は死にゆく過程において、大切な人との関係を喪うことや今までできていたことができなくなるなど、大切な人、もの、能力などを喪失する感覚に襲われる。死にゆく過程にあるがん患者には、「生き長らえたい」「家族とのつながりの中で生きたい」「思うように生きたい」「自分が存在しない将来への願い」「思うような最後でありたい」といった希望があり、これらは生きるための心の糧である16 という報告がある。このような死にゆく過程にある人の希望は、思うような生きざま、死にざまを望む表から、自己実現のための希望として考えることができる。事例の終末期がん患者の痛みを残してほしいという希望もまた自己実現の希望であり、残された時間を生きるための心の糧である。そしてそれらをささえることは、単に相手の意思を尊重するにとどまらない、その人の人生の本質に関与したケアと言える。このように考えるとメイヤロフが述べる成長という語には、その人の全人格的な統合(integration)という意味が含まれることがわかる。しかし、このことは医療におけるケアが患者の全人格的な成長を目標とすることを意味しない。医療という限られた状況、時間などの制約がある中で患者の人格的な成長を目標とすることは現実的に困難である。事例のがん患者のケアは、患者の主観的評価に基づいた疼痛緩和がケアの目標になる。そして患者は、痛みは時折感じる程度にしてほしいというニーズを持っている。このニーズを無視することは相手を尊重しないケアである。つまりこの患者に医療者が提供できるケアは、患者が痛みを感じることに価値を持っていることを理解した上で、そのニーズに応答したケアを提供することである。


強いパターナリズム
パターナリズムとは、権威・知識・力などによってその人のために保護的な干渉・介入をすることである。ケアは「本人のための(応答的)措置・扱いを含むが故にパターナリズムとの関連は密接である」17。「ケアすること」の基本的なパターンのひとつに専心がある。専心はケアに不可欠なものであるように、医療におけるケアからパターナリズムを排除することは不可能である。
パターナリズムはそのすべてが批判の対象になるものではない。問題となるのは、患者の自己決定が侵害される強いパターナリズムである。強いパターナリズムは患者の意思を尊重しないケアの強行であり、“support” というケアのあり方から逸脱する。以下に仮想事例を提示する。

Aさん、30 歳女性は右乳がんの手術を受けた。A さんの母は 42 歳の時に右乳がん、55 歳の時に左乳がんを発病、叔母は 48 歳の時に卵巣がんで亡くなっており、A さんは遺伝性乳がん18 が疑われる。A さんは自分の遺伝子に変異があるかどうかを知りたいと思い、遺伝子診断19 を希望している。検査の結果、遺伝子に異常がなければ安心できる。逆に異常があれば、再発に対する不安を抱えることにはなるが、予防的治療20 を行うことも可能である。

がんは生命に関わる重要な疾患である。A さんの意向が医学的に著しく妥当性を欠くような場合や極めて生命の危険性が高いような場合、たとえば希死念慮がある、一切の検査、治療を拒否するといった場合は、強いパターナリズムもやむをえないと考えられる。A さんは乳がんの手術を受けたことや将来についての不安を抱えている。Aさんに判断能力があるならば、その不安がどれほど大きくても最終的に遺伝子診断を受けることを決めるのは A さんである。そして遺伝情報は A さん個人の情報であるとともに、家族の遺伝情報でもある。診断結果は家族関係に影響を与える。A さんに兄弟姉妹、子どもがいる場合は、同じ遺伝子異常が見つかる可能性が高くなる。また家族に遺伝子異常が見つかったとしても、発病についてのリスクが判っただけで、いつ、どのように発病するかは判らない。A さんには自分の遺伝子診断の結果について知る権利がある。
一方、家族には遺伝子診断の結果を知らないでいる権利がある。遺伝子異常が見つかったとしても必ずしも乳がん卵巣がんを発病するわけではないが、診断結果は家族の将来に対する不安をもたらし、精神的衝撃を与える。医療者は A さんが遺伝子診断を受けるかどうかを決断する前に、検査による利益と不利益について情報提供21 を行うことが必要である。このような情報提供は、Aさんの遺伝子検査を受けたいという意思に影響を与え、好ましくないという意見があるかもしれない。確かに、検査による利益と不利益について知ることで A さんの意思は揺らぐかもしれない。
ただ、この情報提供は A さんの自律的な意思決定を尊重するためであり、遺伝子診断をめぐる Aさんと家族の意見の不一致や後悔を避けるための介入であり、この A さんにとっての最善を目指す専心的な行為である。専心的な行為は相手のニーズに応えるものである。
A さん、そして母、叔母の発病状況から、A さんが遺伝性乳がんである可能性は低くない。医療者が A さんとその家族を新たながん発病と死亡リスクから救いたい一心で、本人の意思と関係なく遺伝子診断や予防的切除術を勧めることは、強いパターナリズムである。この場合の医療者は、がんの発病リスクという一面的な医学的価値に基づいて判断していると言える。医療者がどんなに A さんのためを思っていたとしても、A さんの意思を尊重しないことは一方的なケアの押しつけであり、“support” というケアのあり方ではない。だが、医療者の A さんへの検査、手術の説明や説得が、A さんとともに悩み、相談し、最終的に A さん自身が手術を受ける決断をするための医療的介入であるならば、一連の過程は “support” というケアになる。医療者が手術によって得られる身体的利益やリスクだけでなく、がんと共に生きる A さんの全人的苦痛22 を理解し、手術後起こりうる複雑な問題について A さんとよく話し合うことは、A さん本人と A さんの意思決定の過程を尊重している。これもまた、A さんにとっての最善を目指す専心的な行為であり、ケアである。


自己目的化
最後に医療者がケアすることを自らの目的とした場合、不適切なケアとなることを述べる。たとえば看護師は、その教育課程において看護診断や看護過程を学習し、看護計画を立案する。学生たちは試験対策として標準看護計画23 を暗記し、「このような状態にある患者にはこんな援助が必要である」と理解する。学生や経験の浅い看護師には、テキストや紙面上で説明される病態知識や標準看護計画と、実際の患者に起こっている現象を統合して理解することが難しい。そこで彼(彼女)らは、患者が援助してもらいたいと思っていると思い込む。また、われわれ日本人は「相手の気持ちを察する」ことを尊重する文化をもち、看護師は「かゆい所に手が届く」「気が利く」ことを求められる。それが仇となり、看護師の判断のみによって患者の意思にそぐわないケア提供が行われることがある。これは一方向性のケアであり、ケアという行為がケアする人の目的になっている。もちろん看護師は患者を慮って親切な行為をするのだろう。ただ実際には、医療者は患者の要求や要請を自らで勝手に考え出してしまう危険があるそして自分が考え出した患者の要求や要請を、まるで患者自身から出された要求や要請のように思い込む傾向がある。
このようなケアはただのお節介、あるいは押し付けにすぎず、ケアする人がどれほど優れたケアだと判断し、ケアを提供したとしても、ケアされる人にそれを受け入れる準備を与えていない。
そればかりか、ケアされる人を自分の思うようにコントロールしようとさえしている。あるいは、ケアする人にとって都合のよい解釈やケアをしているとも言える。そしてこのような不適切なケアを提供してしまう原因は、テキストに説明されていることを、現実の患者に無理矢理当てはめてしまうことにある。このようなケアは専門的知識と技術に基づいた対人援助技術ではない。対人援助技術としてのケアは、患者の「今」のニーズに応答する。医療者は「今、ここにいる人間」としての患者に関心を持たなければならない。ケアする人である医療者の関心は患者に向いている。だが、ケアされる人である患者の関心は医療者ではない。患者の関心は、自分の疾病やそれに伴って生じている苦しみや悩みであり、自分自身であるケアする人とケアされる人の関心の方向性、向き合う対象が違うことで、双方向性のケアは困難となる。看護師はよく、「寄り添う」「見守る」という言葉を使用し、看護の内容を表現する。「寄り添う」場所は患者の傍らであり、「見守る」対象は患者本人である。「寄り添う」ことにおいては、ケアする人とケアされる人が向いている方向性は一緒である。ケアする人は、ケアされる人の傍らにいて同じ方を見ているのである。では「見守る」ことはどうであろう。「見守る」ことは観察することどう異なるのか。ケアする人が看護師である以上、ケアする対象を怜悧に観察したりはしないだろう。おそらくケアしようとする看護師は、ケアの対象である患者の行為のたどる結果を見届けようとしている。しかしケアされる患者は、ケアしようとする看護師のそのような視線を援助と感じることができるだろうか。「寄り添う」ことも同様、ケアされる患者は寄り添ってもらうことを望んでいるのだろうか。「寄り添う」「見守る」といった表現は看護師のケアの内容を表現してはいるが、ケアの方向性がケアする側の方に重点が置かれており、ケアされる人には十分な注意が向けられていないようにみえる。「見守る」「寄り添う」ことに限らず、人をささえるという援助(support)は、相互関係というケアの本質を見落してしまうと、自らのケアを目的化・理想化し、ケアする人の優位性を強調する

医療者が提供するケアは無条件に善い行為ではない。強者・弱者という上下の力関係が顕在化しないまでも、専門技術であるケアを媒介とする関係性は非対称性である。ケアされる人を配慮しないことは、ケアの押し付けである。ケアされる人を配慮することは、ケアされる患者その人の人間性を尊重することを意味し、だからこそケアという行為は道徳的なのである。医療者はケアのこのような側面を理解し、ケアされる人の弱さ、傷つきやすさ、ケアされるその人を配慮することによってはじめて、ケアという営みが成立することを理解しなければならない。またケアは、ケアする人がケアされる人に何かをしてあげるのでもなく、ケアされる人に代わって何かをするのでもない。ケアされる人を援助(support)するのである。

結 論
メイヤロフのケアは、人間にとってケアすることの意味、ケアする人その人にとっての、人生におけるケアすることの意味を述べる広義のケア概念である。医療におけるケアは、対人援助技術としての実践的な概念であり、人間関係を基盤にして、人々の健康問題に関して専門的知識と技術によって対象者を援助することである。医療者と患者の関係は医療者の専門性が高いために非対称的である。そのため医療者は、メイヤロフの広義のケアのパターンや要素を自らに求められる姿勢や態度として備える必要がある。そして医療におけるケアは、ケアの双方向性と “support”という援助のあり方が重要である。これを欠くことにより、患者のニーズに応答しない一方向性のケア、強行的なケアといった不適切なケアを提供することになる

医療におけるケアが人間関係に基づくということは、患者が求めるケアの内容は患者と医療者の関係性如何によって変化するということでもある。医療者の役割がそれぞれ高度に専門分化する中で、医療者が患者の「今」のニーズを読み解き、応答するためには、患者との関係性が双方向性であること、患者を、病を抱えた一人の人として援助する(support)という姿勢を欠いてはならない

 

http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/51877/1/05_ishikawa_oyorinri_no5.pdf

 

  この不適切なケアという倫理問題については、次のページでより詳しく説明する

 

 

続き(3-4.看護師の倫理と共依存)

 

 
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